なんだか観た映画 Vol.6 長嶋有

December 27,2019 /

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ネットで映画の感想をみていると「絶賛」と「酷評」ばかりだ。 まあまあだったものには、熱弁がない。「賛否両論」で盛り上がるものもあるが、「まあまあ」で盛り上がることはない。「なんだか観た」映画は、そのまあまあの部分を注視してみたい、という気持ちもあったのだが、今回の二作は、まあまあという以上に面白い。 まずSUPERSTARSの曲作り担当、KUNIO君にアンケートをとると、あげてくる映画が全部、カルト的に大評判とか、実は面白いとか、そういう「よさそうな」のばかり! いや、そうじゃなくて、もっとこう「好きって公言できるスレスレ」みたいなのを……とニュアンスを伝えても、面白そうな「熱い言葉」が返ってきてしまう。 彼の推薦作『HOUSE』は、大林宣彦監督が撮った幻のホラー映画。斬新すぎる演出の怪作で、日本よりも海外で熱烈に愛され、海外でのみブルーレイになっている。それを輸入盤でゲットしたのだという。 もう、それ聞いた時点で「全然『なんだか観た映画』じゃない!」と思う。「そんなの知ってるなんてすごーい」の映画だ。自分でもあいまいだった「なんだか観た映画」観が、一つクリアーに言語化された。僕の思う「なんだか観た映画」の定義は、「人に尊敬されたり、逆にマニアと思われたりしない」なのだ。 で、観てみるとやはり面白い。なんで海外でしか売らないのよ、という内容だった。 仲良し女子高生七名が、夏休みに田舎に旅行する。グループの一人の伯母の家だが、その山荘自体が伯母の若さを吸い取るためのもので、一人一人と殺していく。 わざとらしく明るさ・楽しさを過剰な特殊効果で演出し、メルヘンとかファンタとかガリといった安直なあだ名で呼び合う女子高生のはしゃぎ、叫ぶ様子は漫★画太郎の漫画みたいにみえてくる(主人公がずっとオシャレと呼ばれるだけで面白い)。 ホラーコメディという、当時まだないジャンルをやろうとしたのだろう。「エログロナンセンス」という言葉もあった時代、残酷な場面もやりすぎなくらいにやるし、裸もどんどん出す。コントのようなチープさもあるが、そこを真面目に批判するのもバカバカしいし、徹底してくだらなくするんだ、という若い才能たちのみなぎりも感じる。 どの場面も面白いので「面白いじゃないか!」といちいち憮然とした口調になる、僕が頭おかしいみたいな鑑賞になった。 「次に起こることのために今の場面を注視しなければいけない」ということがあまりない内容なのと、場面ごとに異なる演出が使用されることで、何度も流しっぱなしにしてなんとなく観ることには、たしかに向いているといえるか。 KUNIO君は面白がることについては漫然としていない人だ。いつも、彼が教えてくれるものやネタは、本当に面白い(か、彼がそう強く思っていることは伝わる)ことだ。面白さに自信がないものは人にも開陳しない。すこぶる信頼できる、頼れる友だ。 そして僕が「なんだか観た映画」を気にするのは、人の恥部をみてみたい感じに似ているのだな、と分かった次第である。 もう一つ、SUPERSTARSの歌唱&ラップ&作詞担当、smallest君の『女優霊』も面白かった。『リング』の監督の出世作だそうだ。いわゆる「貞子」が出て来ない、地味な「祟り」だけの話。 映画撮影中の不可解な転落事故。監督は自分の子供時分にみた不可解な映像が、事故の起こったスタジオでの撮影だったと気付くが……。 その人物たちが地味だ。うだつがあがらない監督とか、野心にあふれた女優とか、過剰に怒られてばかりの弱気そうなスタッフとか、そういう「みて数分で分かる性格付け」が、今作のキャラにはない(『カメラをとめるな!』が、そういうメリハリを典型的につけてみせた好例だ)。 ホラー映画は特に、そういう風なみせかたをするはず。あいつ殺されるな、とか、あいつの行き過ぎた好奇心が鍵になるんじゃないかとか、観客がなにかを思う「依り代」があった方が盛り上げやすいからだ。それに対してここでは皆が「ただ」映画を撮っている。斬新だ。 ドキュメントっぽいわけでもなく、ただただ作業のようにシーンが撮られていく。スモくんがいう「人がくると流しっぱなしにしてた」というのも、淡々としたムードだから(多少見逃しても)いいんだろう。 監督が部屋に、主演女優のポスターを貼っている。憧れなのか、それとももっと俗に、撮影を機会に「狙って」いるのか。主演の監督が疲れ顔で寝てしまうのでまったく分からない。 ホラー映画の主人公が、理不尽な目にあう前から(デフォルトで)少し元気がないというのは、よくあることだろうか。魅力的だった。 SUPERSTARSを立ち上げるとき、スモ君が言ったことがある。「チップチューンって、BPMの速い曲でフロアをアゲてくのって、まあ、そんな難しくないんですよ」。KUNIO君の曲には、そういうキラキラしたポップさとは異なる感触のものを(音楽素人の)僕も漠然と感じたのだが、十代のころ部屋で仲間とダベるときも、渋い選曲のように今作が「なんだか」かけっぱなしだったというのは、なかなか先のある十代だったんじゃないの、と思ったりする。 つまり、センスある二人と僕は中年になってバンドなんか組んでるというわけだ。 この連載は今回で終わりだが、懲りずにいろんな人に「なんだか観た」映画を聞いていきたい。ライブ会場で会ったら、どしどし教えてください。それでは! (SUPERSTARS、21年の初陣は1月18日『本の場所』にて、詳細はこちら!)

NANDAKA MITA MOVIE DATA

『HOUSE』 製作年:1977年 製作国:日本 監督:大林宣彦 脚本:桂千穂 音楽:小林亜星、ミッキー吉野&ゴダイゴ 出演:池上季実子、大場久美子、松原愛、神保美喜、佐藤美恵子、宮子昌代、田中エリ子、南田洋子 『女優霊』 製作年:1996年 製作国:日本 監督:中田秀夫 脚本:高橋洋 音楽:河村章文 出演:柳憂怜、白鳥靖代、石橋けい、大杉連

GUEST PROFILE

SUPERSTARS ラッパーのsmallest(ラップと歌と作詞)、ミュージシャンのKUNIO(ゲームボーイと作曲)、そしてブルボン小林(朗読と作詞)がバンド「SUPERSTARS」を結成! ゲームボーイほぼ一台で奏でられているとは思えない重たいチップチューンに載せ、男たちの詩をほとばしらせる。 BANDCAMPにて1stアルバム『SUPERALBUM』を販売中、その他Apple MusicSpotify等のサブスクでも聞けます。そしてブルボン小林による全曲解説がこちら

MEMO備忘録

この連載の前身と言っていい僕の映画評『観なかった映画』の、巻末に掲載された膨大な「備忘録」。あれが好評だったので、単行本の刊行後に観た(2017年からの)映画の備忘録をここでも少しずつお届けします。ラストなので大放出!順不同、ネタバレあり注意!

『クリミナル 2人の記憶を持つ男』 2016年[英・米]アリエル・ブロメン 犯人を目撃して死んだCIA捜査官の記憶を囚人に移植することで捜査を続行するというアイデアのアクションサスペンス。サンプル盤でみて、のちに劇場でポスターみても「すでに観た映画」だとまるで思わなかった。印象が薄かったということだが、そうではなく、クラスメートと街であったら私服でわからなかった、みたいな「あぁ! おう」みたいな気まずさがあった(のが面白かった)。 『ルビー・スパークス』 2012年[米]ジョナサン・デイトン、ヴァレリー・ファリス 『観なかった映画』のため再見。書けずに悩む小説家の話。作家ものとしてはどうかと思ったが「若者の成長譚」としてはまっとうだった。 『ゴースト・イン・ザ・シェル』 2017年[米]ルパート・サンダース ハリウッド実写リメイク版。もとのアニメをちゃんとみてないのだが、なんかこれは「小さい話」になってるとわかる。「愛やリスペクトで作った」ら、必ずしもよくなるとも限らない、難しい。 『パディントン2』 2017年[英=仏]ポール・キング 英国で人気の熊のキャラクターが活躍する映画版。意外や「刑務所もの」だった。原作を少しだけ読んだことあるが、「あぶなっかしさ」がパディントンのポイントで、そこはちゃんと再現されてた。 『モアナと伝説の海』 2016年[米]ロン・クレメンツ、ジョン・マスカー ディズニーのCGアニメ。展開がとてもスムーズで、映画への誉め言葉かどうか分からないが「心地よさ」だけを感じ続ける。ディズニー的な人物像って箇条書きで言い表せそう。吹き替え版、ローリーの熱演にプラス1点。 『坂道のアポロン』 2018年[日]三木孝浩 小玉ユキ原作の映画化。音楽演奏シーンをちゃんと手を抜かずに頑張ってて、ぐっときた。それだけでよい映画。一点、細かいこというとあのバイク事故は律ちゃんが仙太郎に謝るべき。仙太郎が責任を感じるのは自然だが、律ちゃん「気にしないで」はないよ。 『夜明け告げるルーのうた』 2017年[日]湯浅政明 今風アニメ。よいところはすごくよいけど、褒めすぎる人の言葉には警戒したくなる。 この監督は「動き」だけが好きで、「人間」はあまり好きじゃないみたいだ。 とにかく、アニメーションの動きがよくて感心してしまった。階段が急だからゆっくり降りるとか、描写も繊細。ルーが楽しく踊るような場面だけで90分持たせられないかなー。 動きはすごくいいのに、高校生三人が魅力薄。彼らの悩みや葛藤は類型的だし、悩む理由にも説得力がない。キャラクター自体が薄くてつまらない。悪役(大人)たちの行動もそのモチベーションも場当たり的。『E.T.』観たことないのか。 そんなわけで、動きの良さを出せることへの感心と、魅力的な筋を描けないこととの異様なギャップに、なんだか驚く。そっちはものすごくできるのに、なんでそっちできないの! という(アニメって今は大勢でよってたかって、「よく」してるんじゃないの? と)。 J-POP的なセンスも上滑り。劇中で歌われる「愛してる」の意味が、ルーが幼児であることでちぐはぐに。 「今風」の映画にするためにはこうしなければ、と無理しちゃったんじゃないかしら。 『ヘイトフル・エイト』 2015年[米]クエンティン・タランティーノ ある小屋に集うくせ者たちのミステリー。会話のタランティーノ節で観せられちゃう。南北戦争で南北で戦った者同士の思いの差とかがよく分からないので妙味を味わいきれず。 『エイリアン:コヴェナント』 2017年[米]リドリー・スコット エイリアンシリーズ第6弾。集団の誰かが「よせばいいのに」ということをしちゃう(ことで筋が進む)のは、もう仕方ないのか。たった二時間でエイリアンみせなきゃいけないからなあ。 『ちはやふる 上の句』 2016年[日]小泉徳宏 評判につられて。若手俳優が活き活きしてるのを楽しむ。筋としては、秀才君をなだめるだけの山場に拍子抜け。下の句も観ようとまでは思えず。パフュームの歌う主題歌はタイアップのなんたるかを分かっている快作。 『人狼ゲーム ビーストサイド』 2014年[日]熊坂出 「女性自身」の連載「有名人(あのひと)が好きっていうから…」でとりあげようとしていた女優が過去に主演していたので参考までにみたら、これはすごかった(その女優が)。「おみそれ」した、という日本語が正しい。エンドテロップでも驚いた(作中で主演の子が口ずさむ歌について)。 『さらば愛しきアウトロー』 2018年[米]デヴィッド・ロウリー なぜかコメントを依頼されて。監督・主演の人がサンダンス映画祭を仕掛けた人だと知って納得感。映画好きに賛否両面で言われる「サンダンスぽさ」が本作にも。淡々としていることが、主人公の衰えにしみじみと似合っていて、本作の場合よかったんじゃないかしら。毎度ながら、爺さん婆さんの(恋愛ありの)映画をみると、次にはブリッブリツヤツヤの美男美女が活躍する映画をみたくなる。映画が食べ物みたいだ。 『ランペイジ 巨獣大乱闘』 2018年[米]ブラッド・ペイトン ATARIのテレビゲームが原作。巨大怪獣になってビルを破壊する元ゲームを知っていて、「それらしさ」が再現されているかを気にして観た鑑賞者は日本にどれくらいいただろうか。意外に、これがバッチリ(ゲームの)『ランペイジ』を再現していて嬉しかった(「ビルの壁面に」取り付く怪獣。ヘリコプターを手づかみとか)。嬉しい自分をどうかとも思う。 『ファントム・スレッド』 2017年[米]ポール・トーマス・アンダーソン 服飾デザイナーとその専属モデルの、丁々発止の恋の駆け引き映画。二人のパワーバランスが逆転した「理由」がやや腑に落ちず。松山で夏井いつきさんとの対談後の、わずかに空いた時間に路面電車に乗っていった劇場で鑑賞。その劇場(シネマルナティック)がとてもよかった。 劇場版『若おかみは小学生!』 2018年[日]高坂希太郎 児童文学の人気作、のテレビアニメ、の映画版。ここ数年みてきたアニメ映画で一番よかった。正しく児童向け。今風な「大人アニメ」としても楽しめるけど、まずは子供が感情移入できるように、ということを第一義にしている。 昔から児童文学にある「親なし子がけなげに頑張る」も、今の時代にやるとさっぱりした風合いになるね。 『高慢と偏見とゾンビ』 2016年[米=英]バー・スティアーズ 身分違いの貴族の文芸恋愛映画とゾンビを混ぜた、一発ネタみたいなアイデアものだが、相互的にちゃんと作用している。何度か「なんじゃそりゃ」と笑った。『山猫』とか『バリー・リンドン』とまでは言わないが、貴族の映画感がある。でも、アクションシーンも舞踏会の踊りの場面も、もう少しだけ頑張ってほしかった(少し、引きのカットが欲しい気がする)。 『町田くんの世界』 2019年[日]石井裕也 音楽・河野丈洋ということで鑑賞。少女漫画原作。生真面目で、超がつくほど「親切」な男の子と、ヒネた女の子のラブコメディ。観ながら実写版『ドカベン』『ルパン三世』をほのかに思ってしまった。生真面目さのあらわれとして「手を大きく振って歩き、角を直角に曲がる」のは、漫画なら面白いが実際にやると「生真面目」じゃなく、滑稽で気持ち悪くみえる。終始「やめとけ、こんな男」と(脇役の元AKBの口調で)思いながらみてしまった。 それでも親切が報われる話に弱く、最後はホロリとも。ヒロインは唖然とするほど不細工で、だんだんかわいくみえていったのは演技がいいのか、演出だろうか。あ、音楽よかった。 『死体が消えた夜』 2018年[韓]イ・チャンヒ 韓国の、題名通りのことでみせるミステリー。面白かった。上映時間がこじんまりとしていて、楽にみられた(十年くらい前の韓国映画で、評判を呼ぶミステリーはことごとく、すごく長かった記憶がある)。「シンプルなどんでん返し」という変な言葉が浮かぶ。韓国の俳優をほとんど知らないせいで、筋や演技だけを楽しめるのもいい(つい、日本なら松田龍平と川栄李奈だな、とか思ってみてたが)。 『ギルティ 』2018年[丁]グスタフ・モーラー 警察の通報受け付け係の主人公以外ほぼ、登場人物は電話の声だけというアイデアのサスペンス。ワイパーの音とか、留守番の幼児の家の様子とか、ついつい耳をそばだててしまう。ハラハラさせるが、用意された「意外な結末」は、ガッカリでもないけどまあまあのもの。主人公がさほど聡明でないのはいいとしても、短気である必要はない(でも、その気性だからこその「もう一つの真実」だと言いたいんだろうけど)。 『新感染 ファイナル・エクスプレス』 2016年[韓]ヨン・サンホ 韓国のゾンビ映画。前評判がよかったから、さだめし斬新な内容と思ったら、電車が舞台ということ以外は実にオーソドックスだった。ゾンビ映画って人情劇だよね。利己的な父親が(ゾンビに追われながら)改心していく、シンプルな盛り上げが電車の直線性と響きあった。 『プロメア』 2019年[日]今石洋之 時間がないと、知り合いが関わった映画ばかり選んでみてしまう(会った時に「観ましたよ」と言える映画を優先しちゃう)。未来の火消しと、体から火を放出してしまう人種との戦いを描くアニメ。そういえばここ数年みたアニメ映画「君の名は」「若おかみは~」「この世界の片隅に」「ルーのうた」ほとんどが「活劇」じゃない。久々に「敵と戦う」アニメ映画だ! とワクワクした。 で、さすがに今どきのアニメ、ダイナミックに動きがんがん歌舞いてみせ、テンポもいい。ゴチャゴチャしてるけど、わざと過剰にしてるんだろう。 ……しかし、別にこの映画にだけ思うことじゃない(テレビでみるアニメにも思う)んだが、アニメの活劇って、こうじゃダメだろ、と思う。 「天空の城ラピュタ」をいまさら引き合いに出すのもアレなのかもしれないが、場面のどこかで「ここから落ちたら死ぬな」とか「うわ、あんなの痛いよ!」とかいう風に(アニメだから嘘なのだが、嘘だからこそ強く)思わせるのでないと、逆に伝えたいはずの「勇気」とか「技量」が伝わらないじゃないか。どんな跳躍も弾避けも、「痛そう」「死ぬかも」という描写がないと「自動的に」できているようにみえちゃう。 だから今作もただただ歌舞いて、見得を上手に切るだけの「エキシビジョン」に思える(繰り返すが、今作に限らない)。 「アニメやゲームに浸りすぎると、現実世界の命の大事さが分からなくなる」みたいな言説があるけど、そうでなく「アニメやゲームに浸りすぎると、次のアニメ世界の命の大事さがマヒする」のではないか。 そういえば「ガールズ&パンツァー」も、「ゴムみたいな戦車」(なんだそれ)だったが、一応、冒頭で「それ的なアレなんで」と断ってくれていた。でも今作はそれもないから。まあ、望まれる顧客じゃないんだろう(僕が)。あ、堺さんの声よかった。 『チャイルド・プレイ』 2019年[米]ラース・クレヴバーグ 2019年のリメイク。チャッキー人形がスマート家電化するのは納得で、リメイクの意義もある(『キャリー』リメイク版のスマホ時代の違和感が、ここにはない)。しかし、人形が殺しを頑張る(いろいろハンディのある側が悪である)のが肝なのだから、チャッキーの移動の大変さをもっと大事に描いてほしい。(殺される人が)高いところから落ちる際、頭からでなく、両足まっすぐのまま直立で地面に激突する場面は斬新で(痛そうで)よかった。 『ザ・プレデター』 2018年[米]シェーン・ブラック いい題名! 拙著『マンガホニャララ』が続編で「ロワイヤル」と最上級を銘打ってしまったために三作目の題をつけあぐねて、もういい! とばかりにつけたのが「ザ・」だったので、そういうことはほら、ハリウッド映画だってあるじゃーんと親近感を抱く。 このシリーズの面白いのは、向こう(敵)にも向こうのやり取り(文化や価値観やすべきこと)があって、その全貌が分からないということだ(作劇って、悪がいたとしたら、妙に悪のことが作中ですべてわかっちゃう)。 だんだん分かっていく(でもやはりよく分からない)のが、娯楽作なのに、研究する面白さになっている。今作ではかなり研究が進んでしまってたが、それでも中盤登場の二匹目のプレデターには、「向こうだけのやり取り」感があった。筋運びが散漫だったが、まあ満足。 『サマー・オブ・84』 2017年[加]フランソワ・シマール、アヌーク・ウィッセル、ヨアン・カール・ウィッセル 隣に住むおじさんが連続殺人鬼ではないかと疑う高校生たちのサスペンス。あまりに面白く、パンフレット買っちゃった(情報があまりに耳に入ってこなかったので)。 肝は、隣家のおじさんが犯人か犯人でないか「だけ」なのに、映画の終盤ギリギリまで「まだどっちか分からないぞ!」と思わせた、つまり楽しませてくれた。おじさんの顔演技が絶妙。 『スタンドバイミー』的な一夏の青春譚でもあるから終盤の展開は意外なのだが、ここ十年くらいの「こういう映画だと思わせておいて大きく裏切る」タイプのフィクション(『ゴーンガール』とか『キャビン』など)の、映画ずれした人「だけ」にあてこんだ意外さではない。初めてみる映画がこれ、という人も楽しめるようになっていて好感。 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』 2019年[米]クエンティン・タランティーノ 「売れない落ち目の役者」でも「売れてる役者」でもないビミョーな地位の役者の苦悩と奮闘を描いてくれただけで、なぜか「ありがたい」気持ちに。俺も頑張るよ、と(そのときは)思った。 観なかった映画 なるべく監督や俳優などの名詞を使わず、映画の中に起こっていることだけを語り尽くした映画評論集。読んだ後、映画がなんだか観たくなる。 俳句は入門できる LIKE THIS MAGの伝説的連載「俳句ホニャララ」が本になりました!作者はブル・・・ではなくて長嶋有! 新装版 春のお辞儀(書肆侃侃房 刊) 2014年に刊行し、絶版となっていた第一句集『春のお辞儀』。新装版として、14年以降の新作を44句増補収録。 野性俳壇 雑誌「小説 野性時代」で、長嶋有が俳句欄の選者を勤めます。一緒に選をするのはテレビ番組『プレバト!!』でもおなじみの夏井いつきさん。投稿は こちらから。 NHK俳句 Eテレ「NHK俳句」で、長嶋有が第二週の選者を勤めます。NHK俳句は毎週日曜、午前6時35分から。投稿は こちらから。 俳句同人 傍点 2014年結成の俳句同人。主催(主宰にあらず)は長嶋有。 ツイッター上の言葉遊びをきっかけに、作家、漫画家、造園業、心理学者、学生、デザイナー、官僚など幅広い職種のメンバーが集う。句会では誰もが点数に拘泥し、逆選の応酬でギスギスと盛り上がる。 同人名の由来は、主催が傍点好きでやたら文章にふることと、俳句とは、それ自体が世界に傍点をふるような行いだというこじつけから。
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長嶋有

長嶋有

1972年生まれ。2001年『サイドカーに犬』で文學界新人賞受賞。2002年『猛スピードで母は』で芥川賞受賞。2007年『夕子ちゃんの近道』で第1回大江健三郎賞を受賞。2016年『三の隣は五号室』で谷崎潤一郎賞受賞。 俳句同人「傍点」主催。 2014年 第一句集『春のお辞儀』を活版印刷で刊行。Eテレ「NHK俳句」にティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズ(以下TMNT)のTシャツを着てゲスト出演。時々句会などにTMNTの甲羅型バックパック(サイ付)を背負って登場。 2017年 『観なかった映画』刊行。名詞をなるべく「言わない」映画評のスタイルを確立。 2018年 夜の広尾でサイを落とし、走って拾いにいく。 2019年 Eテレ「NHK俳句」の2019年度第2週の選者を担当。番組サイトの選者紹介ページで、またもTMNTを披露。 長嶋有公式サイト

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