なんだか観た映画 vol.03 / 長嶋有

January 21,2019 /

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 今週末には「ファミ詣(もうで)」である。 僕はこのイベントの初回から(別名義で)参加して、もう十年以上になる。チップチューンのミュージシャンのライブとDJと、ゲーム大会。僕はゲーム大会の解説者だ。同じく初回から司会をともに務めるラッパーのsmallest氏とは意気投合し、気付けば音楽活動まで始めている(この連載もスモ君が「担当編集」である)。地味に文章だけ書いていては出会えない面白さに出会えた、貴重な場だ。  SEXY-SYNTHESIZER(以下、セクシーさん)も、かなり初期からファミ詣に出演されている。ミュージシャンとしてだ。YMCKなどと並ぶ、日本のチップチューンの代表的存在といっていい。ワクワク、キラッキラした(語彙が貧弱ですまんが)楽曲群に、僕もすぐにファンになった。  しかし「チップチューン」というものを人に説明する際、「テクノのような」とか「昔のファミコンに搭載されていた、チープなピコピコした音源をあえて用いて」とか言っていたが、今回セクシーさんの「なんだか観た」映画を知ると、その音楽についてより的確な言葉を得たような気がした。 『ストリート・オブ・ファイヤー』といえば、大映ドラマ『ヤヌスの鏡』の主題歌「今夜はANGEL」の印象だった。映画の主題歌がカバーされて、そっちの印象が勝ってしまっていたのだ。まあ、八十年代当時の若者向けのミュージカル映画なんだろう、と。  そのときの若者の流行の音楽ものって、賞味期限がある。1960年代の『ウエストサイド物語』なんか大ヒットしただけでなく、上の世代がそのファッションにかぶれたそうだ。分かるけども、だからって「今みてもかっこいい」わけではない。むしろ、ちょっと笑ってしまうだろう。  セクシーさんも今作について「本気でかぶれる」世代ではない。上映から近い「中学生の頃に友人がダビングしたヴィデオで」観たそうで、その際の感想も「ニューロマンティックやYMOにかぶれていた頃。思春期だったので『こんな映画ダセーよ!』って思っていたと思います。それは、見る前からすでに見えていたストーリーのせいで」というから、やはり、侮っていたのだ。  しかし、その後もセクシーさんは「なんだか」観た。今回もスモ君、(初回の)弾さんと男四人で仲良く鑑賞。  で、音楽はふんだんに使用されるものの、これはミュージカル映画ではなかった。あの大仰な「ヤヌスの鏡」の主題歌は冒頭から熱唱されるし、全編が気恥ずかしい八十年代ロックに満ちているものの、音楽映画というよりはなんだろう、むしろ……テレビゲームっぽい!  ヒロインのロックミュージシャンを救う主人公、コーディがアップで登場した瞬間「ファイナルファイト!」と口をついて出てしまった。  カプコンの人気格闘ゲーム『ファイナルファイト』の主人公(の一人)コーディにそっくりなのだ。  いや、逆だ。『ファイナルファイト』がこの映画の影響を受けているんだろう。なにしろ名前まで一緒だもの。映画の中のコーディはTシャツにジーンズではないが、それに近い「ダサいこざっぱり感」だし、なにしろ筋書きがもう!  例の主題歌をライブハウスで熱唱したヒロインが歌い終わるや、悪い連中に「さらわれて」しまうというオープニング。『魔界村』だよ! 「さらわれる」という言葉がもう、ある時代のフィクションにしか出てこないファンタジーの一つだ。「誘拐」や「拉致」と異なる、言語的含みのない用語。レイプされてるんじゃないかとか、拷問を受けて殺されてるかもといった「現実的な」悲観的予測がない。ゲームの箱裏に書かれた「ピーチ姫がさらわれた!」と同じだ。 『マッドマックス』的な退廃したムードの世界でも、この世界の悪役は「悪そうに」バイクを無駄に走らせて、盛大に火を焚いているだけ。麻薬を売りさばいて、とか極悪非道な描写はほとんど深められない(さらわれたヒロインがどんな目にあったか描かないのと同様にだ)。もっと昔の西部劇なんかでも、村を襲う悪辣な一味は娘をさらう前に村を破壊したり、悪さをしてみせるのに。  かつて『スパルタンX』のゲーム版と映画を比較しての、その近似性について(ファミ通で)語ったが、八十年代に娯楽として、また表現としてさまざまな換骨奪胎をして育っていったゲーム文化が、いかに映画を(テレビドラマや漫画や小説などよりも)横目にみて参照していたかということが、今作はよりよく分かる。  ゲームには「ベルトスクロールアクション」というジャンルがある(……なんだか、どんどん映画評じゃなくて『ジュ・ゲーム』化しているが)。ゲームのステージがベルト状に途切れずにつながっていて、一定方向に進むゲームだ。その途切れなさと、映画の筋が不可逆に進み展開することがシンクロするし、この映画の「無暗にバイクで走ってくる」「炎が要所にある」というのも、もうゲームの「ステージ」ぽい。  だんだん、仲間がドカドカ増えていくとか、車を乗り捨てて、次はバスを奪って移動するのも、はなはだゲーム的な「拡大」に思える。  極めつけは悪の総大将とコーディの一騎打ち。ベルトスクロールのおしまいに必ずボスが待っているということと一致するし、この戦いの場面は『ストリートファイター2』の(スーファミでは省略された)オープニングの殴り合いを彷彿とさせる。もう、この映画にあってゲーム側にないのは「出し抜けに始まる熱いベッドシーン」くらいだ。  まあ、熱心なカプコンファンは、この映画のことなど(開発者のインタビューなどもあるだろうから)とっくに知っていたのだろうが、どちらもその登場から時期を置いて、大人の視線で気付き、味わうことが出来た(知識として早くから知っていた人こそ、俯瞰的に評価できる今の年齢で見直すことをオススメする)。  いくら「ファミ詣」の常連だからって、セクシーさんは、別にこの映画がゲームっぽいから愛したわけではないだろう。たまたまかもしれないが、この映画にはゲームに似たものがある。筋がベタであれなんであれ、筋の進むテンポのよさや「(仲間や車が育っていくような)調子のよさ」は優れて音楽的なものだし、それは同時に優れたゲームとも似ている(そういえば「もうクリアしちゃったけど、なんだかまた遊ぶゲーム」というものもあるよね)。  で、チップチューンというものについても、この映画がきっかけで、なんだか分かったのだった。  ジャズやロックやクラシックが好きな(演奏する人も含む)人は、同じ楽器を用いていても、他のジャンルではなくそれが好き、ということが多い。  だから、クラシック好きの人は絶対にこの映画を何度も観ない。でもチップチューンのミュージシャンは、テクノもロックもジャズもヒップホップも、実は全部好きだ。好きというか、そういうジャンルで音楽を分けていない。大映ドラマ的なベタな歌謡曲ロック(セクシーさんは「激情的なロック」と呼んだ)でも、その全部をキラキラさせたいんだな。僕もチップチューン的に、映画や音楽と接していきたい。  そういうわけで、この映画もオススメだし、ファミ詣も皆さんぜひオススメだよ、会場で会おう(……いつかファミ詣の最中に「さらわれる」をやってみたい)! ※次回は19年3月下旬更新予定です。

NANDAKA MITA MOVIE DATA

『ストリート・オブ・ファイヤー』 製作年:1989年 製作国:米国 監督:ウォルター・ヒル 音楽:ライ・クーダ 出演:マイケル・パレ、ダイアン・レイン、リック・モラニス、エイミー・マディガン、ウィレム・デフォー

GUEST PROFILE

SEXY-SYNTHESIZER その名の通り、シンセサイザーをセクシーに響かすミュージシャン。2006年にTakeshi Nagaiを中心に結成。80年代のアーケードゲーム機から流れる効果音に、耳慣れたピコピコサウンド、それをバックにヴォコーダーで歌い上げればハッピーでレイドバックでポップな空間の出来上がり。Nagaiはもっぱらセクシーさんと呼ばれる。

MEMO備忘録

この連載の前身と言っていい僕の映画評『観なかった映画』の、巻末に掲載された膨大な「備忘録」。あれが好評だったので、単行本の刊行後に観た(2017年からの)映画の備忘録をここでも少しずつお届けします。順不同、ネタバレあり注意!

『レディ・プレイヤー1』 2018年[米]スティーブン・スピルバーグ 「老」スピルバーグ監督の娯楽作。冒頭、ゴチャゴチャした集合住宅みたいな建物の、鉄階段をカンカン降りて地下室に向かうシーンが、にぎやかで楽しそうにみえてしまった。 貧乏人が密集してみじめに暮らしてるという「意味」で描かれていたのらしいことが途中から分かるが、そういう「狙い」が狙いにみえない、すれ違いがずっと続く。後半の強制労働も、あまり辛くなさそう。 重苦しい、いかにもなディストピアでないところが新しいのかもしれないが、古くていいからちゃんと感情移入させてほしい。 「ダンスシーンの演出がまるで素敵でない」という妻の指摘にうなずく。スピルバーグ、オタクだからダンスとか不得手なんだよ。 中盤の『シャイニング』を用いた仕掛けだけ、ずば抜けて楽しかった(この場面のためだけにみていい)。また、ゲーム部分についての感想をよく問われたがATARIのゲームに思い入れが薄いので、ゲーム的な部分の醍醐味はあまり分からず。 『平成狸合戦ぽんぽこ』 1994年[日]高畑勲 ミニコミ誌w0b0r0(ヲボロ)の連載のために鑑賞。連載で触れなかったこととして、狸が『寄生獣』的に、人に対して残酷(平気で殺しまくる)なのが意外だった。 それが「意外で面白い」のかというと、面白いというより面食らうのだった。いい人という批判を避けるためのふるまいにみえる。だったら狸でかわいく作るなよう、というか。でも、そういう不可解さが監督の個性なのかも。 『目撃者 闇の中の瞳』 2017年[台]チェン・ウェイハオ 珍しい、台湾製のサスペンス。台湾の人口の少なさ、国土の狭さが筋に活きていた。ラストは『その男、凶暴につき』のよう。 『DESTINY 鎌倉ものがたり』 2017年[日]山崎貴 人気漫画の映画化。評は『ザ・マンガホニャララ』に書いたが付け加えると、劇中の人物の生死を司り、劇中世界のルール説明役でもある死神が、死神なのに「○○なんすよー」と軽い口調で死を語るのが、漫画ならばそのギャップが面白みになるけど、実写だとどうにも面白く思えない。 『怪盗戦隊ルパンレンジャーvs警察戦隊パトレンジャー en film』 2018年[日]杉原輝昭 朝日新聞の連載『末端時評』でも絶賛した、子供向け人気特撮テレビ番組の映画化。テレビをみていないと楽しめないのは仕方ない。みている者にはもちろん楽しいが、テレビと尺の長さがそう違わない(短い)のは「映画」感が弱く残念。 オープニングアクションが特に気合いが入っていて、ぐっときた。(テレビでは流れない)主題歌の二番が劇中に使われたのも嬉しい。 『クワイエット・プレイス』 2018年[米]ジョン・クラシンスキー 耳だけが異様に発達した盲目のエイリアンが跋扈する世界に暮らす人間家族のサバイバルもの。とにかく音をたてないように暮らすというアイデアでみせる。 音さえ立てなければ子造りもできる(というか、できちゃった)というのが「そんな馬鹿な」と「リアル!」と両方思わせる。「震災で怖くてキャバクラいっちゃった」と言った編集S氏をうっすら思い出した。 『エイリアン』のころからあまり変わらない(テラテラと爬虫類ぽい)異星人のデザインの更新されなさには、なにか理由があるのかしら。 観なかった映画 なるべく監督や俳優などの名詞を使わず、映画の中に起こっていることだけを語り尽くした映画評論集。読んだ後、映画がなんだか観たくなる。 新装版 春のお辞儀(書肆侃侃房 刊) 2014年に刊行し、絶版となっていた第一句集『春のお辞儀』。新装版として、14年以降の新作を44句増補収録。 野性俳壇 雑誌「小説 野性時代」で、長嶋有が俳句欄の選者を勤めます。一緒に選をするのはテレビ番組『プレバト!!』でもおなじみの夏井いつきさん。投稿は こちらから。 NHK俳句 Eテレ「NHK俳句」で、長嶋有が第二週の選者を勤めます。NHK俳句は毎週日曜、午前6時35分から。投稿は こちらから。 俳句同人 傍点 2014年結成の俳句同人。主催(主宰にあらず)は長嶋有。 ツイッター上の言葉遊びをきっかけに、作家、漫画家、造園業、心理学者、学生、デザイナー、官僚など幅広い職種のメンバーが集う。句会では誰もが点数に拘泥し、逆選の応酬でギスギスと盛り上がる。 同人名の由来は、主催が傍点好きでやたら文章にふることと、俳句とは、それ自体が世界に傍点をふるような行いだというこじつけから。
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長嶋有

長嶋有

1972年生まれ。2001年『サイドカーに犬』で文學界新人賞受賞。2002年『猛スピードで母は』で芥川賞受賞。2007年『夕子ちゃんの近道』で第1回大江健三郎賞を受賞。2016年『三の隣は五号室』で谷崎潤一郎賞受賞。 俳句同人「傍点」主催。 2014年 第一句集『春のお辞儀』を活版印刷で刊行。Eテレ「NHK俳句」にティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズ(以下TMNT)のTシャツを着てゲスト出演。時々句会などにTMNTの甲羅型バックパック(サイ付)を背負って登場。 2017年 『観なかった映画』刊行。名詞をなるべく「言わない」映画評のスタイルを確立。 2018年 夜の広尾でサイを落とし、走って拾いにいく。 2019年 Eテレ「NHK俳句」の2019年度第2週の選者を担当。番組サイトの選者紹介ページで、またもTMNTを披露。 長嶋有公式サイト

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