なんだか観た映画 vol.2 / 長嶋有

November 30,2018 /

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 本誌(LIKE THIS MAG)に連載の漫画『don't like this』でもおなじみ鶴谷香央理さん。  この連載は「大好きな映画」ではない、「なんだか(何度も)観た映画」を取り上げるのだが、『ゴーストバスターズ2』には、かなりの「なんだか」感がある。鶴谷さんのアンケートに書かれたのをみて、よし、と拳を握ってしまうほどの手応えのバイブスだ(なんの生産性もない手応えだが)。  僕と同世代だと、たいていの人が『ゴーストバスターズ』を好きだ。  その「『ゴーストバスターズ』を好き」という日本語を詳細に分析してみる。  それは「『ゴーストバスターズ』シリーズ」を好きなのではない。全二作(2017年のリブート入れて三作)のうち一作目「だけ」が突出して愛されている。 2は目もあてられない駄作なのだろうか。観たことがないので分からないが、そういう悪評もあまり聞こえてこない。  僕の私見だが『ゴーストバスターズ2』は不運な映画だった。同時期公開(日本で89年)の映画に『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』があったのだ。 「はなきんデータランド」でも(そういうランキング番組があったんです)『ゴーストバスターズ2』の動員ランキングは『バック~2』の後塵を拝していた。  それぞれ一作目の公開が84年(ゴースト)と85年(バック・トゥ)。たった一年で、皆の記憶の鮮明さに差が生じたか。2作目それ自体の出来の差だろうか。  1作目から2作目への「つづく感」の差が大きかったとは言える。 『バック・トゥ~』のラストは続編への期待を抱かせるものとして最高のものだった(それに対し、『ゴーストバスターズ』のラストには「大団円感」が満ちていた)。  もちろん、映画の魅力は作品ごと多様なもののはずで、興行成績だけで測れるものではない……はずなのだが、一方で、たとえばクラブのイベントやロックフェスで、今回は間違いなくアイツが主役、他は霞んでしまった! と残酷なくらいに突き付けられる瞬間が映画にもある。映画にもまた「シーン」があるといえる。個別の評価は「ある」ものだが、シーンにおいてはそのときだけの勝ち負けが「生じる」。そして、『バック・トゥ~2』の風は、当時のすべてを圧倒してしまったのだ。  だから(私見の上でだが)僕には『ゴーストバスターズ』の3作目をずっと作らなかった(作者サイドの)気持ちがすごく分かる。むしろプライドで、なにかに完敗したと実感したら、その後ぶざまなふるまいをみせないんだ。  で、「シーン」からはるか離れた現在、『2』を観てみたらやはり別に駄作じゃなかった。駄作じゃないが……うーん。今回もスモ君と二人ソファに並んで鑑賞したのだが、二人とも腕組みで苦笑いの体であった。  2は前作とほぼ同じなのだ。  まず一作目は、幽霊を研究していて世間からはキワモノみたいにうさんくさがられる、はみ出し者みたいな男たちが、ニューヨークに出現したゴーストを退治して英雄になる。  つまり一作目で主人公たちは英雄になってるわけだが、その「続き」の『2』で、彼らはまたキワモノみたいにうさんくさがられており、また出現したゴーストを退治して英雄になる(ヒロインとの恋さえ、深まったはずの仲はリセットされ、また同じ相手と進展する!)。  完全なる繰り返しだ。ゴーストを退治してしまったら、もう退治してもらう必要がないから英雄が飽きられる(=英雄視されなくなる)というところまでは分かるが、だからってもう、うさんくさがられはしないだろう(あんなに大変な事件があって、彼らが解決した事実は消えないんだから)。ニューヨークっ子ってそんなに忘れっぽいのか。  ほかクライマックスで「巨大ななにか」がニューヨークの街をズシンズシンと歩く大仕掛けとか、有名なレイ・パーカー・Jrの主題歌さえ踏襲される(どっちも少しずつゴージャスにアレンジされて)。  主要キャストの入れ替えがまるでないのも含め、一作目あればいいじゃん、これ。である。  でも、今回の「なんだか観た」所以がそこにある、ともいえる。僕はひらめいた。 (鶴ちゃん、さては、2を先にみたな?)と。  映画『荒野の七人』は黒澤の『七人の侍』を原案として西部劇に置き換えたリメイクだ。作家の清水義範は前者を先にみておおいに感動して、後者を後でみて、なーんだと(前者を高評価していた気持ちの持っていき場に困ったと)いうようなことを書いていた。  映画には(というか、すべての事物には)出会う順番がある。我々はすでに観た映画の記憶を完全に消去して次の映画を観ることはできない。そして連続したシリーズものの映画を見るとき、たいていの場合は1→2の順でみる。2→1ではなく。  寅さん映画や「007」くらいに長く続くシリーズならともかくだ。1をみていないと分からないことが多いのではと事前に想像するから、なおさらだ。当たり前だが1の方が2より先に世に放たれるから、1に先に出会う人が純粋に多い。  そんな中で、もし「たまたま」2を先にみたとき。そしてそれが1と「ほぼ同じ内容」だったら。  そっちが「1を先にみた人にとっての1並みの面白さ」になるだろう! ヒヨコが最初に猫をみちゃうと猫を親と思うみたいな感じだ(……なんか違うが、言いたい感じは分かろう)。  確認すると、鶴谷さんは「1を先に観た」というが、「小学生時代を通しての鑑賞」だったという。ということは1を観たのは小学校低学年だから、そのときはまだ映画を咀嚼できなかったのではないか(小学校低学年のときに観た『スターウォーズ』を、僕はまったく理解できなかった)。 『ゴーストバスターズ2』のクライマックスでは自由の女神が動き出し、ニューヨークの街を歩き出す。僕もスモ君も苦笑いだった。1作目のクライマックスで街を蹂躙したのは巨大なマシュマロマンだ。それと違うアイデアで、それよりすごいことをみせなければいけないというプレッシャーから導き出された、がんばって考えて出した「解」。  ……僕もスモ君も、そういう風にしか受け止められなかった。「うわあ、自由の女神が動き出したぞ!」ではなく、「がんばって考えたな」だ。  巨大ななにかがニューヨークを練り歩くというアイデア自体を手放せなかったのは、1作目のマシュマロマンが魅力的すぎたからだ。かわいい体で街を破壊するマシュマロマンと「同じことはできない」と、自由の女神はニューヨークを救う役割になった。  理不尽な破壊の方がただ歩くより、ずっとスペクタクルで面白いと思う。意味不明のコミカルな存在の恐ろしい破壊に比べた際、よくわかる存在の救済は理に落ちてしまう。  しかしそれはやはり「1を先にみている」人の刷り込みだ。あの自由の女神が平和のために歩き出す興奮を先に覚えた子供は、次の(「前」作なのだが)、よく分からないブヨブヨしたキャラクターの破壊にワクワクできるだろうか。  今回は科学の対照実験のように『ゴーストバスターズ2』が、実は丁寧に面白く(生真面目なくらいに同じ筋で、かつ同じテンションで)作られていることの証明が得られた(『バタリアン』や『ロボコップ』で同じ状態にはならない。それらの作は一作目だけが突出して上出来だからだ)。  もう我々は鶴谷さんのようにはこの映画シリーズを絶対に味わえないという結論は、淡い悲しみのような、不思議な気持ちを猛暑の終わりの中年男二人にもたらした。僕らと鶴谷さんは同じ世界にいて、会えるし、会えば笑い合えるけども、お互いの中の「ある感じ方」には出会えない。SFのような悲しみだ。  二作通じて全編に漂うユーモアや愛嬌は、鶴谷香央理の漫画作品にも通じている。ヒーローたちが颯爽とでなく、重い機材を抱えてヨタヨタと立っている、その姿を愛しいと思える人は、鶴谷漫画もどうぞめくってみてほしい。 ※次回は19年1月下旬更新予定です。

NANDAKA MITA MOVIE DATA

『ゴーストバスターズ2』 製作年:1989年 製作国:米国 監督:アイヴァン・ライトマン 音楽:ランディ・エデルマン 出演:ビル・マーレイ、ダン・エクロイド、ハロルド・ライミス、シガーニー・ウィーヴァー、リック・モラニス

GUEST PROFILE

鶴谷香央理 漫画家、傍点同人。東京の中でも屈指のアングラ箱である久米川Dope Music Bar FOGGYに夜遊びに出かけ、友達たちに心配された経験を持つ(帰りはちゃんと送りましたよ!)。 コミックNewtypeにて「メタモルフォーゼの縁側」を連載中、待望の第2巻発売中。 LIKE THIS MAGで連載していた「don’t like this」も絶賛単行本発売中!

MEMO備忘録

この連載の前身と言っていい僕の映画評『観なかった映画』の、巻末に掲載された膨大な「備忘録」。あれが好評だったので、単行本の刊行後に観た(2017年からの)映画の備忘録をここでも少しずつお届けします。順不同、ネタバレあり注意!

『ウィンチェスターハウス アメリカで最も呪われた屋敷』 2018年[米]マイケル・スピエリッグ、ピーター・スピエリッグ 呪われないように変質的なほどに増築し続けた、不思議な家(実在)を描くホラー。呪い部分より増築の変さ、面白さをもっとみたい。ずっと呪われずにババァが陣頭指揮をとり続けたら拙著『佐渡の三人』の祖母みつ子になる。そうか、俺もホラーを書いていたんだなぁ。 『ベロニカとの記憶』 2017年[英]リテーシュ・バトラ 宣伝のコメントを頼まれて、面白かったから出したんだが、今なお覚えているのは老いた女優の激オコぶりがよかったということだけ。そんなコメントは出してないが、そんな主旨のを出したはずだ。 『パターソン』 2016年[米]ジム・ジャームッシュ バス運転手で詩人の主人公の一週間を描く。「映画の中の詩人」でなく、本当の詩人ぽい。バス運転場面をおろそかにしていないことで、詩人の営みが的確に素描された。日本で撮るなら(書店員で、かつ詩を読む)吉祥寺ブックスルーエの花本さんが主役だな。しかし、こういう映画も実は好きだが、表立ってはあまり褒めたくない。もう一歩、くだらなさや俗っぽさが欲しい(別におまえに褒められなくて結構、といわれそうだが)。 『DENKI GROOVE THE MOVIE?』 2015年[日]大根仁 人気テクノグループのドキュメンタリー。アルバム「ORANGE」から「A」あたりまでのドラマチックな時代のことは、すでにファンには有名ではあるが、でももう少し触れてもらいたかったのと、あまり語られないように思われるCCCD時代の沈黙(彼らだけでない、大勢が活動を休止していた)について、もっと聞きたかった。歴代アルバムのジャケットが画面にどーんと登場する演出がすべてかっこよかった。そういうの、大事だ。 『スマホを落としただけなのに』 2018年[日]中田秀夫 連載が打ち切りになって落ち込んでいたら母が「『ボヘミアン・ラプソディ』みなよ」と励ましのLINEをくれた。にもかかわらず観てしまったのがこれ! 秀逸な題名が示唆するほどには、本編の男女がひどい目にあわず物足りぬ(もっとこう、オーマタビラキみたいな大変な「流出」がないと)。役者の顔芸を楽しむ映画。特に主演女優の怒・哀。犯人の喜。恋人の男の楽。 『ボヘミアン・ラプソディ』 2018年[米]ブライアン・シンガー 意外や猫映画だった。それも「グルメな猫の贅沢メニュー」感。クイーンはまんべんなくヒット曲があるし、ライブ・エイド後も劇的なのだから、三部作くらいにしてもよかったろう。母上にはライブ・エイドのブルーレイを贈ることに。 観なかった映画 なるべく監督や俳優などの名詞を使わず、映画の中に起こっていることだけを語り尽くした映画評論集。読んだ後、映画がなんだか観たくなる。 新装版 春のお辞儀(書肆侃侃房 刊) 2014年に刊行し、絶版となっていた第一句集『春のお辞儀』。新装版として、14年以降の新作を44句増補収録。 野性俳壇 雑誌「小説 野性時代」で、長嶋有が俳句欄の選者を勤めます。一緒に選をするのはテレビ番組『プレバト!!』でもおなじみの夏井いつきさん。投稿は こちらから。 NHK俳句 Eテレ「NHK俳句」で、長嶋有が第二週の選者を勤めます。NHK俳句は毎週日曜、午前6時35分から。投稿は こちらから。 俳句同人 傍点 2014年結成の俳句同人。主催(主宰にあらず)は長嶋有。 ツイッター上の言葉遊びをきっかけに、作家、漫画家、造園業、心理学者、学生、デザイナー、官僚など幅広い職種のメンバーが集う。句会では誰もが点数に拘泥し、逆選の応酬でギスギスと盛り上がる。 同人名の由来は、主催が傍点好きでやたら文章にふることと、俳句とは、それ自体が世界に傍点をふるような行いだというこじつけから。
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長嶋有

長嶋有

1972年生まれ。2001年『サイドカーに犬』で文學界新人賞受賞。2002年『猛スピードで母は』で芥川賞受賞。2007年『夕子ちゃんの近道』で第1回大江健三郎賞を受賞。2016年『三の隣は五号室』で谷崎潤一郎賞受賞。 俳句同人「傍点」主催。 2014年 第一句集『春のお辞儀』を活版印刷で刊行。Eテレ「NHK俳句」にティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズ(以下TMNT)のTシャツを着てゲスト出演。時々句会などにTMNTの甲羅型バックパック(サイ付)を背負って登場。 2017年 『観なかった映画』刊行。名詞をなるべく「言わない」映画評のスタイルを確立。 2018年 夜の広尾でサイを落とし、走って拾いにいく。 2019年 Eテレ「NHK俳句」の2019年度第2週の選者を担当。番組サイトの選者紹介ページで、またもTMNTを披露。 長嶋有公式サイト

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