なんだか観た映画 vol.01 / 長嶋有

October 31,2018 /

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 僕が今までの人生で一番何度も観た映画は『バトルランナー』だ。アーノルド・シュワルツェネッガー主演のアクション映画である。  そのことはすでに拙著(『いろんな気持ちが本当の気持ち』)でも語っている。そのことで生じる誤解についても弁をふるった。「一番観た映画=一番好きな映画」とは限らない、と。漫然と、テレビで吹き替え版を再放送するたび、たまたま観てしまうだけなのだ、と。  ……しかし、なんで観てしまうんだろう。再放送にたまたま出くわしても「あー、やってるな」と把握したら、あとはチャンネルを替えればいいのに。  そういう「漫然と再放送を観てしまう」系の、「それで、『人生で一番観た映画』が不本意にもこれ」という人が、他にもけっこういる。昨年、太田市で一緒に展示をした画家の須永有さんは『コン・エアー』がそうだという。僕の妻は『永遠に美しく』だそう(二人とも、不本意かどうかは知らないが)。  皆、そう言いながら一様に、なんなんだろう、という顔をする。「ハズキルーペ大好き!」とほほ笑む菊川怜のようなウットリ顔でそれらの題名をあげる人はいない。  本当、なんなんだ。決して「一番好き」ではないが、なんだか観てしまって、心を占めている映画を、その人の言葉とともに観てみようという、これは連載である。  初回は手近なところで、LIKE THISのデザイナー、加藤弾氏にご登場いただいた。

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 『ラッキーブレイク』を弾さんはテレビの再放送でみたわけではない。 「マガジンハウスでバイトをしている時に試写会を見る機会があり、それがおもしろくてDVDを買いました。」ということだ。 「だいたい一人で家で見ました。他のことをしながらとりあえず流す時もありました。 友達に貸したりもしました(一緒には見てない)」  つまり「なんだか観た」というよりも能動的に、好きで観たのだ(にもかかわらず、一番好きな映画ではないのか)。  連載初回ということで、それを「どのように」観るかで悩んだが、日程もたまたまあったので、弾さん本人と、編集のsmallest(通称、スモ)君と三人で、僕の仕事場で観た。  で、その「観方」が図らずも面白かった。  好きな映画を他人にみせ(ながら一緒にみ)るって、そういえばドキドキする行為だ。気に入ってほしいし、先に知っている名場面に到達したとき、他人がどんな顔をするか、つい盗み見たりしてしまいそうだ。  それを、恋愛とか発生しない、オッサン三人が横並びでやってるというのが、まず「観方」として特殊だ。その映画がよいと(よかったのだが)、つい弾さんを意識してしまう。「よさ」の請負人が至近にいるわけだから。  これが恋愛映画(の要素が強い)だから余計に。恋愛映画って、恋愛シーンがある。当たり前だけど。

 恋愛映画って、作中の二人が「恋愛映画みたいな顔と顔の近づき方」をする。キスを予感させるし、実際にキスすることも。  茶の間で家族の食事中にエッチなシーンが始まってしまった、みたいなことと似てるがちょっと違う。気まずいわけじゃないが、没頭して観てるわけにはいかん、みたいな「意識の離脱」が生じた(それを「気まずい」っていうのか)。  事前にアンケートとして「みどころ」を聞いていた。弾さんは「エンディングを最後までみてほしい」と書いていた。ネタバレ的なことになるから、そういう言い方しかできなかったわけだが、エンディングで、その「みどころ」になるとなんかこう、甘い感じの笑いが漏れてしまう。  弾さん、ここがいいと思ったんだ、なるほどね(キュン)。僕も、いいと思ったよ(キュン)。 (ここでやっと紹介するが)ドジな銀行強盗の男が刑務所に服役して、脱獄をたくらむという映画だ。所長の演劇好きを利用し、刑務所内の古い教会(セキュリティに穴がある)で歌劇を上演し、どさくさで逃げようと画策する。  脱獄のための歌劇だが、練習しているうち演技に目覚めて本気になっちゃう奴とかも出てくる(そこは弾さんも「みどころ」にしている)。主人公はカウンセリングに来ている女先生と共演することになり、(はじめは反目しあうが)だんだんと惹かれあう(顔と顔が近づく)! 先生たちと受刑者たちの間になんの障壁もない。富田林署の接見室のアクリル板なんかより簡単に脱獄できそうにみえちゃう。  これは映画的な嘘だ。特に「顔と顔が近づく」ということのためだけに、その障壁が取っ払われているように思える。刑務所でそんな状態というのは刑務所のリアリティに関わるところなのに、キスのために、というか、顔と顔が近づくためにセキュリティが下げられた。現実のキスだって絶対に(物理的に)そうなるのだが、我々はそれを主観でしかみられない。キスする、しそう、するかもという予感を横からじっくりみせることは、映画の大きな役割というか「映画性」だ。  それだけだとリアリティがない刑務所になってしまうが、建物の古さや外観まで含め、舞台は本物のプリズン感まんまんで、説得力がある。  もう一つ、この映画には脱獄ものゆえの緩慢な時間がある。笑いあり涙あり、スリルあり恋ありのエンタメなのだが「次から次へといろんなこと」は起きない。刑務官にいじめられる受刑者や、途中から入所してきて威張る奴の登場とか、すべてが少しずつ動く。刑務所内の限られた道具で歌劇の道具を工夫するなどの、かわいいシーンも「小出し」にされる。人の改心とか、絶望とか、心の動きも少しずつだ。  だから「一番好き」という強いインパクトが生じないし、だから何度も観られるのかもしれない。僕は刑務所の外観がよかった、惚れ惚れしてしまういい建物だ。  初回からいいものをみた。そして人の「オススメ」ポイントが、そのまま自分のポイントとして引き継がれた。エンディングを最後までみたスモ君が「弾が、なんで『********』を好きなのか、分かったよ」とニヤニヤしながら言ったが、僕もこれ観て『********』が好きになった。なるよ、そりゃ(ネタバレもときに辞さない連載のつもりだが、ここはあえて伏字にします)。

NANDAKA MITA MOVIE DATA

『ラッキー・ブレイク』 製作年:2001年 製作国:英国 監督:ピーター・カッタネオ 音楽:アン・ダッドリー 出演:ジェームズ・ネスビット、オリヴィア・ウィリアムズ、ティモシー・スポール

GUEST PROFILE

加藤弾 (gaimgraphics) デザイナー、傍点同人。『なんだか観た映画』のデザイン担当。漫画とゲームと動物好き。身長187cm。それゆえ待ち合わせ場所になることもしばしば。

MEMO備忘録

この連載の前身と言っていい僕の映画評『観なかった映画』の、巻末に掲載された膨大な「備忘録」。あれが好評だったので、単行本の刊行後に観た(2017年からの)映画の備忘録をここでも少しずつお届けします。順不同、ネタバレあり注意!

『コン・エアー』 1997年[米]サイモン・ウェスト 服役中の極悪犯罪者たちが移送中の飛行機をジャックする危機を描くアクション映画。太田市美術館図書館でともに展示をした画家の須永有さんが「なんだか一番みた映画」だそうで、展示の年表にも記載された(されたっていうか、僕が記載したのだが)。 若い世代にとっての『バトルランナー』(テレビでやたらと再放送される映画)らしい。主人公が飛行機に残るモチベーション(友達と女性を見捨てられない)は、もちろん映画の主人公の態度として正しくはあるんだが、浮いてみえる。それ(見捨てられない!)を口に出して何度もいうのも、変な人にみえちゃう。勢揃いの悪役たちががんばる中盤まで、とてもワクワクした。 『カメラを止めるな』 2017年[日]上田慎一郎 18年の口コミ大ヒット作。朝日夕刊「末端時評」で語った通り、おおいに楽しんだが、気になることが一点だけ。この世界の中で、この人たちが作っている放送をみる人って「どういう興味」でそれをみるんだろうか。「やったー、そんなドラマなら観なくっちゃ、予約予約!」とかいう人いるだろうか。そういう人が一定数以上いるとしたら、逆にあの映像は「うまくいった」といえるんだろうか。「なんとかボロを出さなかった」だけで「素晴らしい出来」ではないのだから最後、全員しょげるべきなのではないか。 『人狼ゲーム プリズンブレイク』 2016年[日]綾部真弥 題名通り、人狼ゲームを映画化するシリーズの、これは5作目だそう。テレビの『ルパンレンジャー』にハマって、ルパンブルー役の過去出演作を検索までしてしまってたどり着いた。室内劇になるから低予算で作れるし、人狼はルール上必ずサスペンスになるから「手ごろ!」という言葉が浮かぶ。近年の若手俳優のちょっとした登竜門らしい。いつもクールでかっこいいルパンブルーが棒立ちな感じの無能な役で、ギャップを楽しむ。尺の都合でディベートが短いのが残念。 『パーソナル・ショッパー』 2016年[仏]オリヴィエ・アサイヤス フランス製のオカルトサスペンス。多忙なタレントやモデルに代わって買い物をするという主人公の職業は面白い。でも分からない。分からなさでかっこよくみせる映画は、褒めたら「わかったふり」になってしまう。平岩くん(東京マッハを仕切っている若者で、本作を激賞している)が褒めている横に立って「スマホのメッセージは誰からきたんだよ」とか、疑問点をずっと言い続けたい。主人公の職業の面白みと、主人公が霊がみえることの面白みとが乖離している気がする。女優の不機嫌さはよかった。バイク移動もいい。 観なかった映画 なるべく監督や俳優などの名詞を使わず、映画の中に起こっていることだけを語り尽くした映画評論集。読んだ後、映画がなんだか観たくなる。 新装版 春のお辞儀(書肆侃侃房 刊) 2014年に刊行し、絶版となっていた第一句集『春のお辞儀』。新装版として、14年以降の新作を44句増補収録。 野性俳壇 雑誌「小説 野性時代」で、長嶋有が俳句欄の選者を勤めます。一緒に選をするのはテレビ番組『プレバト!!』でもおなじみの夏井いつきさん。投稿は こちらから。 NHK俳句 Eテレ「NHK俳句」で、長嶋有が第二週の選者を勤めます。NHK俳句は毎週日曜、午前6時35分から。投稿は こちらから。 俳句同人 傍点 2014年結成の俳句同人。主催(主宰にあらず)は長嶋有。 ツイッター上の言葉遊びをきっかけに、作家、漫画家、造園業、心理学者、学生、デザイナー、官僚など幅広い職種のメンバーが集う。句会では誰もが点数に拘泥し、逆選の応酬でギスギスと盛り上がる。 同人名の由来は、主催が傍点好きでやたら文章にふることと、俳句とは、それ自体が世界に傍点をふるような行いだというこじつけから。
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長嶋有

長嶋有

1972年生まれ。2001年『サイドカーに犬』で文學界新人賞受賞。2002年『猛スピードで母は』で芥川賞受賞。2007年『夕子ちゃんの近道』で第1回大江健三郎賞を受賞。2016年『三の隣は五号室』で谷崎潤一郎賞受賞。 俳句同人「傍点」主催。 2014年 第一句集『春のお辞儀』を活版印刷で刊行。Eテレ「NHK俳句」にティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズ(以下TMNT)のTシャツを着てゲスト出演。時々句会などにTMNTの甲羅型バックパック(サイ付)を背負って登場。 2017年 『観なかった映画』刊行。名詞をなるべく「言わない」映画評のスタイルを確立。 2018年 夜の広尾でサイを落とし、走って拾いにいく。 2019年 Eテレ「NHK俳句」の2019年度第2週の選者を担当。番組サイトの選者紹介ページで、またもTMNTを披露。 長嶋有公式サイト

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