HAIKU HONYALALA Vol.22 BOURBON KOBAYASHI

May 31,2018 /

僕は10代の頃HIP HOPに出会ってから、ずっと傍らに音楽がある。寝る間も惜しんでどっぷりとその世界につかっていた。そんな矢先の20代、落語を知る。ひさしぶりに趣味といいきれるものに出会った。なぜならひたすら吸収するだけでいいから。ちょいと世界が広がった。そして30代、この連載をきっかけにブルボンさんから傍点の句会に誘われた。はじめての事ことだらけで、あたふたしながら吸収した。それから作句に選句、歳時記よんだり吟行したりと、いきなりやることが増えた。これが非常に楽しい。真剣になれる「遊び」を知り、ぐぐぐっと世界が広がった。俳句の入口が傍点でよかった。ありがとうございます、ブルボンさん!(smallest)

ブルボン小林の俳句ホニャララ / vol.22

ずいぶんと間が空いてしまった。 しかし、この連載だけが停滞していたわけではない(←だから安心してほしい、という口調で)。 句集『春のお辞儀』の履歴に、「同人誌『傍点』を立ち上げる」と書いたら、米光一成さんに「『同人誌』を立ち上げるってどういうこと?」と疑義を呈され、チッと舌打ちした話を書いた(第3回の俳句ホニャララ参照)。 その後、ここで書いた公約通り(?)同人誌を一号も出していない。 ギャラの伴う依頼もなく(一度、間違えて川柳の依頼がきたが)、ただ緩慢に句会を続けるばかり。 そして、14年刊行の拙句集『春のお辞儀』はすでに絶版である。本当の絶版だ。活版印刷で、つまり活字を版を本当に組んでいて、その版をバラしてしまったのだから、版が絶しているのである。 すでに古書価格があがっているらしいので、普通の印刷で廉価の新装版を出さないかと版元に水を向けたが、「うちの場合はもう自費出版でないと無理だ」と言われた。自費出版は嫌なので、出せない。 つまり、俳句作品も現状、啓蒙できない状態になった。 連載は休んでる、同人はなんもしてない、そんで句集は絶版。今は年に一、二度、句会イベント「東京マッハ」に出演するのと、あとは月に一度、野性時代の俳句欄の選者をしているだけ。 ホソボソ という擬態語が背後についてそうな、我が俳句活動ぶりである。 第3回のホニャララで、「正解」するべきだ、と僕は書いた。 ここまで僕は正解できたか。 不正解を選ばないかわりに上記のように停滞しただけだ。本当は、事をたくさん起こして(=たくさん失敗や手ごたえのなさを感じて)みないと正解できない。それも実は分かってる。 だが、こと俳句についてだけは、それが得策と(なぜか今も)思えないのだ。 そういえば俳句同人「傍点」の面々も、僕に似ている。 熱心、不熱心、バラバラだ。 野性時代にも投句したりしなかったり(せっかく、僕とともに俳句について考えることのできる貴重な機会なのにだ)。 うまい・下手もまたバラバラ。そこそこの句を作る人も、そこからあまり上達しない。さすがに最初期のころのように鳥と烏を読み間違えて選句するようなことはなくなったけども、あるところから目覚ましくなっていかない。 その上達のしなさは素質の問題だろうかと最初思ったが、最近の彼ら彼女らの様子をみていて思った。上達できないのではなく、半ば自覚的に「しない」んだな、と。 俳句の世界にもセオリーとか、悪手というものはあって、それは「教える」ことができる。 それを習得できなくて悪手を繰り返すのだとしたら、それは素質の問題だ。 「分かったけどこう読みたいんだもん」というのは、意志の問題だ。 上達してなお「こう読みたい」も、かなわないものだろうか。そして、僕の教えにある種のプレッシャーがあれば、その人は上達するだろうか。 俳句の集まりには同人と別に「結社」というものがある。 先生がいて、一人が皆に教えるわけだ。 結社の作る雑誌(結社誌)は、まず先生の句が見開きでどーんと載ってる。それから、うまい人がページを割かれてたくさん句が載り、だんだん序二段・序の口みたいに載るスペースが露骨に小さく、句も少なくなる。 それをピラミッド的な組織のようにみてとると、はなはだ怖いもののように思えるが、教える側の教えには責任と力とが両立することだろう。教わる側にも教わりたい、うまくなりたい(=もっと大きなページに載りたい)というモチベーションが生じて、健全な競争を生むことになる。 (組織が硬直化したり、揉め事があったり、不健全なことになる話を聞かないわけではないが、いやむしろ、すごくたくさん聞くが、それは俳句結社だけでなく、組織というものすべてに起こりうることだ。たとえば直近のアメフト部の事件のように)。 対するに同人はフラットな関係で、「一緒に学ぼう」だから、僕が何かを教えたとしても、なんでおまえの教えに従わなければいけないんだよ、という気持ちにもなるだろう。 また逆に、僕よりも熱心に俳句を学んで、いろんな句会に顔を出したり句集を読み漁ったりする同人も何人かいる。上の顔を立てたり、教えを待つ必要もないから、これも自然なこと。 もともと僕一人の求心力で集まった集団なのに、ピラミッドでなくフラットを選んだことに、矛盾があるのだ(=不正解)ともいえる。 おりしも「東京マッハ」の盟友、堀本祐樹が俳句の結社「蒼海」を立ち上げた。 けっこう、へえ~と思った。 ……なんなんだ、「けっこう、へぇ~」って。 第8回の当連載で「人は普通に生きていたらトーナメントを経験できない」と書いた。トーナメントと同じくらい、結社を立ち上げる、も、人生でそうは経験できないぞ。 堀本祐樹を僕は堀やんと呼んでいる。震災後にできた友達だ。中年になってできる友は貴重だ。僕とほぼ同世代(二つだけ若い)堀やんが、思い切って「手」を放った。 今の時代に、新規に作る結社。彼の性格からしても、硬直化した権威的な怖い場所にはならないだろう。でも、やはり結社だ(若手の好む「超結社的ななにか」ではない)。一人が、一人の責任でトップに立つのだ。心から応援したい。 僕も、そろそろなにか動こうかと思っている。 おりしも尊敬する漫画原作者の狩撫麻礼が(少し前だが)亡くなった。彼の漫画には「シンクロニシティ(ユングの心理学用語)」「一念発起」そして「契機」という言葉が出てくる。それらすべて、「タイミング」と「意欲(言い換えれば「勇気」)」に関することだ。 彼の代表作『ボーダー』の主人公蜂須賀の正体は小説家だが、ボブ・マーリーが死んだことで、執筆をやめる。「契機」とはなにか始めるためだけにある言葉ではない。 それで(彼が死んだからというのはこじつけなのだが、それも頭の片隅に置き、契機として)、なにかを始めるのではなくて一つ、この連載をやめることにしたのだった。ご愛読ありがとうございました。 最後に、傍点という集団名の由来を語って終わろう。 俳句の結社や同人名は漢字二字のものが多くて、どれも抹香臭い名詞が多いなあと思っていて、二字だけど無味無臭なものにしたいと、まず考えた。 漢字二字の傍点というのは、テキストの脇にふる点のことだ。そこだけ強調して、きわだたせる。文章のすべてにふったら強調にならないから傍点は必ず、ほんの少しだ。 俳句もまたテキストだが、テキストではなく、この世界の脇にふる傍点のようでもある。 次になにをするかは決めていないが、同人だけどワンマンに、つまり、矛盾を加速させようと思っている。 同人のみんなもきっと、ついてきてくれるだろう……と思ったら全員もう、堀やんの結社に入ってたりしてな。もしかしたらもう、とっくに!

今日の俳句

最後は拙句で最新の作を。 ニホンタンポポとセイヨウタンポポは咢で見分けるという「知見」は、それだけで豊かだ。知見がそのまま俳句になる(というか、した)。そのタンポポがニホンタンポポである確率は、クローバーが四つ葉くらいのことらしい。 岸田今日子に「鯨ってこんなんだよと走っていく」という句があって、そんなのを作りたいが、もう中年なので寝そべってしまうのだった。

野性俳壇 雑誌「小説 野性時代」で、ブルボン小林が(本業の名前で)俳句欄の選者を勤めます。一緒に選をするのはテレビ番組『プレバト!!』でもおなじみの夏井いつきさん。投稿はこちらから。 春のお辞儀(ふらんす堂刊) 俳句ホニャララの作者が本名で刊行した第一句集「春のお辞儀」。 最初で最後の活版印刷で発売、そして本当の絶版。 俳句同人 傍点 2014年結成の俳句同人。主催(主宰にあらず)は長嶋有。 ツイッター上の言葉遊びをきっかけに、作家、漫画家、造園業、主婦、心理学者、学生、デザイナー、官僚など幅広い職種のメンバーが集う。句会では誰もが点数に拘泥し、逆選の応酬でギスギスと盛り上がる。 同人名の由来は、主催が傍点好きでやたら文章にふることと、俳句とは、それ自体が世界に傍点をふるような行いだというこじつけから。
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ブルボン小林

ブルボン小林

72年生まれ。「なるべく取材せず、洞察を頼りに」がモットーのコラムニスト。 00年「めるまがWebつくろー」の「ブルボン小林の末端通信」でデビュー。 常にニッチな媒体を渡り歩き、北海道新聞、週刊文春などのメジャー誌から、スウェーデンの雑誌やメルマガなどでも連載。 06年刊行の「ぐっとくる題名」(のちに中公文庫)は、広告業界やテレビ局の人間など、あらゆる「命名する」世界の業界人たちから絶賛され、ひそかな小ヒット。 現在は朝日新聞(関東と九州)、女性自身などで連載。小学館漫画賞選考委員。 その他の著書に「ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ」(ちくま文庫)、「ゲームホニャララ」(エンターブレイン)、「マンガホニャララ」(文藝春秋)など。 ブルボン小林 公式サイト

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