HAIKU HONYALALA Vol.19 BOURBON KOBAYASHI

August 31,2017 /

ツイッターを見ていて、俳句同人傍点の仲間であり、ミュージシャンのトオイダイスケ君が『天の川銀河発電所 Born after 1968 現代俳句ガイドブック』(左右社)のテーマソングを作った事を知った。え?俳句のガイドブックのテーマソング!?作詞は編著者の佐藤文香さんで、作曲編曲演奏歌はトオイ君とのこと。以前からブルボンさんとトオイ君と酒井匠君(傍点同人)とで俳句を曲にできないかと夜を徹して飲んだり、実際ライブでやってみたりしていたので、とても興味深く思い、とにかく再生してみた。 なるほどぉベースラインがかっちょいい。(smallest)

ブルボン小林の俳句ホニャララ / vol.19

句集『春のお辞儀』を出すとき、版元の人から謹呈先を問われた。 謹呈というのは「読んでほしい人にタダであげる」ってことだ。 「僕、普段からほとんど謹呈しないんですよ~」とわずか十~二十人ばかりの名前を言ったら、その返信のメールが青かった。 青いというのは、顔色が、ということだ。 メールなのに、テキストなのに、顔色が青くなってるのがすごく伝わってきたのだった! 「普通、句集を出した人は、何十人、何百人もの人に謹呈するものですから……」驚きました、という趣旨のことが書いてあったのだが、斟酌するに、版元にしてみると「アテが外れた」ということだったのだろう。 謹呈する分の本代は、作者が払う。数十から数百冊分は、その分で(自分たちが)儲かるというつもりで(彼らは)見積もっていた。 句集を出した人が百人以上に謹呈するという文化は、僕もすでに知っていた。 句集は、普通の書店にも置かれることは置かれる。だけど、刷ったうちのほとんどは俳句界で謹呈しあう。 僕は俳句界のただなかにいる者ではない。気楽でもあり、よそものでもある。 謹呈するより、書店で読者に一冊でも買ってもらった方がいいじゃないか、と思った(僕にはわずかながら読者もいるのだから、余計に)。 特に『春のお辞儀』は活版印刷でたくさん刷ることのできない、一期一会といっていい造本のものだ。俳句を知らない未知の読者に手に取ってもらいたい。 そして、句集を出す最初から僕は決めていた。絶対に「黒字にする」と。そういう先例を作りたかった。 打ち上げの飲み会一回分程度でもいいから、作者が赤字になる出版にはしないぞ、と。だから謹呈(ただで誰かにあげる)なんてとんでもない話なのだ。 実際、僕はこの句集の印税で、わずかながら黒字になった。 だが、版元はどうだったろう。 「書店で一冊」売れても、実は書店や流通も取り分があるから、版元に入るお金は少しだ。 一方、謹呈で著者が買い取れば、定価の七割くらいがごっそり版元に入る。版元にしてみれば、作者が買い取ってくれる方が「同じ一冊」でも実入りがはるかに多い。もしかしたら、その前提(百冊以上は作者が買い取る)で製作費を決めていたかもしれぬ。 だから、謹呈が(向こうにすればまさかの)二十冊程度と知って、顔色が青くなったのだ。謹呈は義務ではないから、作者にもっと謹呈しろとも命令できないし。 句集を出すような出版社はほとんどが大会社ではないし、切実なことだ。 言われた僕は謹呈を少ししか増やせなかったが、もっと早い時点で「お互いの」リクープラインをきちんと話し合うべきだったと反省もした。 『サラダ記念日』が大ヒットして、商業出版の世界で活躍する歌人が何人かはいる短歌の世界と異なり、俳句の本はほぼ売れない。 そのことは、俳句に魅力がないということを意味しない。逆に「俳句はエンタメではない、純粋芸術」ということも保証しない。 漠然と、俳句は非常に「伝道的な」ものだとは思う。 キリストの教えがメディアで広まったのでなく、十二使徒がまず実地で広めた(のちに「教」としてシステム化された)みたいに、俳句というものは存在している。 芭蕉と弟子たち、虚子とそれ以後、という図をみてもすごく「相互の関係に拠っている」ものだ(赤字でも謹呈しあうことが、そこではごく自然だ)。 そういう状態を不健康とか簡単に思えないし、いえない。十二使徒たちはそのとき儲からなくても伝道を生き方の根本とし、結果、聖書は世界一のベストセラーなわけだ。俳句もまた、経済と無縁に伝達されうる。 でも、「謹呈しあうのが当たり前」という文化のまるで外側で、俳句の楽しさを知ってしまった人はどうしたらいいのか。 いいのか、とか疑問を思うより前に、楽しみ方を我流で考えて、手を動かしてやり方を勝手に模索していい。 僕が「黒字で、活版で、未知の読者に」と志向して本を出してみたのも、手をこまねいてシーンの正解をうかがってる暇がもったいないと思ったからだ(結果、とりあえず青い顔のメールが届いたのだが)。 このほど『天の川銀河発電所Born after 1968現代俳句ガイドブック』という本が出た。若手(?)俳人54名のアンソロジーである。 気鋭の俳人、佐藤文香が編集を手がけた。 今、旬の俳人をガイドするという主旨の本だ。誰にガイドしたいかというと、未知の読者にだと思う。 これに僕も何十句か載せてもらったのだが、またしても版元からきたメールがすでに真っ青! 今度は僕はなにも言ってないのに。 「初版は****部しか刷らない。どんどんSNSなどで宣伝してほしい。宣伝してくれそうな人を教えてほしい。売れたい、頼む」という趣旨の担当編集からの言葉が書き連ねてあった。 本来ならこれは、ちょっとムシのいい要望だ。そもそも、ノーギャラだったから。 謹呈、赤字が当たり前の俳句出版文化において、「載ること」自体がメリットだろ、と無言で言われているわけだ。 メリットを思ったから掲載してもらったのだが、僕は掲載だけで満足だ。宣伝の意欲はどうしても薄くなる。 (僕としては、本当に牛丼くらいしか喰えない値段になってもいいから、54名の俳人(編者含む)で印税を分けるべきだったと思う。その方が「未知の」人に金を出してもらうことについて各人に責任が生まれるからだ)。 編者の佐藤も、あとがきで率直に語っている。 「新しい読者とともに、新しい俳句シーンを立ち上げたい」と。 やはり、シーンという言葉を用いている。既存のシーンのただなかにいる彼女と、僕のようにいい加減な外様からの考えと、同じにはできないだろう。僕よりもっとずっと切実な、使命感のようなものを感じる。彼女は、そういう風に俳句について「引き受けている」人なのだ。 とても良い本が出来たと思うが、その生真面目なあとがきだけ不要だったのでは? とも思う。いや、余計なお世話か。 彼女にはあるとき「もっと楽にやったら?」と飲みの席でいって、泣かせてしまったことがある。 どうせ俳句では売れないんだし、という意味合いに受け取られてしまったが、そんな単純なことを言いたかったのでなく、彼女自身が大きな問題を背負おうとしていることの、気負いを僕は心配したのだ(あとで伝えました)。 でももう、このように背負いはじめてるんなら、見届けるしかない。小さく稼いだコインを少しずつベットして増やしていく人の張り詰めた表情をうかがう感じで。 未知の読者を獲得していくことに、この本が即つながるかは分からない。 「誰かが砂時計をひっくり返すべき時がある」とは甲本ヒロトの言だが、パンクロックでもスマートフォンでも、かつての大西洋無着陸横断飛行でも、つまり大きなシーンの変革に際して思うのは、どんなジャンルのどんなシーンも、アイデアだけではそれを切り開くことはできない。 そのアイデアに対する「誰か一人の、むやみな確信と熱」が必要なのだ。 というわけで、宣伝しても一円の印税も入らないのだが、僕の俳句も載ってることだし、『天の川銀河発電所』ぜひ手に取ってみてほしい!  ただの俳句アンソロジーのようでいて、熱とアイデアのある一冊であることはたしかだ。この本に載ってよかった、得したと、後で思いたい(僕が)。

今日の俳句

 野性俳壇で夏井いつきさんと僕のダブル特選句。 「石槨」といういかにも由緒ありそうな、耳慣れぬ単語はまず調べてもらうとして……はい、調べ終わりました、と。 そのものの醸し出す悠久の歴史が「よさ」のようである。 でも、醸し出されるのは石槨ではなく天井石という単純な名詞のおかげだ。どちらも同じ対象に用いられる語だが、天井石という命名には詩がない。現代の学者たちの便宜の呼び分けでついている。その便宜をも俳句は石槨と等分に扱う。 詩のある言葉が詩を生むのではないのだ。

野性俳壇 雑誌「小説 野性時代」で、ブルボン小林が(本業の名前で)俳句欄の選者を勤めます。一緒に選をするのはテレビ番組『プレバト!!』でもおなじみの夏井いつきさん。投稿はこちらから。 天の川銀河発電所 Born after 1968 現代俳句ガイドブック 俳句ホニャララの作者、本名による句も掲載されている、若手俳人のアンソロジー。編著者は佐藤文香さん。ガイドブックには珍しくテーマソングがあり、自身の句も掲載されているトオイダイスケさんが作曲、編曲、演奏、歌を担当する。 もう生まれたくない 俳句ホニャララの作者の、本名による新刊。誰もが死とともにある日常を通してかけがえのない生の光を伝える、芥川・大江・谷崎賞作家の新境地傑作小説! 観なかった映画 俳句ホニャララの作者が、本名で刊行した映画評論集。はたして作者は映画を観たのか観なかったのか?ぜひ本を手に取って確かめてください、ポップコーン片手に。 EXISTENCE デーモン閣下5年ぶりのソロアルバム。ブルボン小林がエキレビ上でデーモン閣下にインタビューしたことがきっかけで、作詞で参加している。そのインタビューにおける、約10万年生きた悪魔とボンさんのやりとりは必見。その模様はこちら
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ブルボン小林

ブルボン小林

72年生まれ。「なるべく取材せず、洞察を頼りに」がモットーのコラムニスト。 00年「めるまがWebつくろー」の「ブルボン小林の末端通信」でデビュー。 常にニッチな媒体を渡り歩き、北海道新聞、週刊文春などのメジャー誌から、スウェーデンの雑誌やメルマガなどでも連載。 06年刊行の「ぐっとくる題名」(のちに中公文庫)は、広告業界やテレビ局の人間など、あらゆる「命名する」世界の業界人たちから絶賛され、ひそかな小ヒット。 現在は朝日新聞(関東と九州)、女性自身などで連載。小学館漫画賞選考委員。 その他の著書に「ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ」(ちくま文庫)、「ゲームホニャララ」(エンターブレイン)、「マンガホニャララ」(文藝春秋)など。 ブルボン小林 公式サイト

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