HAIKU HONYALALA Vol.18 BOURBON KOBAYASHI

July 28,2017 /

最近、ひさしぶりにレコーディングをしました。その曲は初めてSUPERSTARSの3人で作った曲。タイトルは「LOST MY CAR」。僕は歌い手として、KUNIOくんのメロウなトラックにブルボンさんの言葉を置く。何度も歌って、歌詞を身体に入れる。何度歌ってもいい歌詞だなと思う。早くみんなに聞かせたいです。あ、ブルボンさん、インスタグラムはじめましたね。(smallest)

ブルボン小林の俳句ホニャララ / vol.16

野性時代での「野性俳壇」が始まって、もう三回目を数える。 俳壇というのは、この場合はつまり「俳句投稿コーナー」のことだ。 古くからある週刊誌や新聞には必ず「○○俳壇(あるいは○○俳句」というコーナーがある。新聞なら月に一度だ。必ず「○○歌壇」と並んで掲載されてるはずだ(歌壇は「短歌の投稿コーナー」)。 その新聞や雑誌の読者で、俳句や短歌をしている人が、自慢の作品を投稿して、よければ掲載されてヤッター嬉しいぞ、てなコーナーである。これは「囲碁将棋」欄と並んで、必ず載ってる。囲碁将棋と異なり、月に一度の掲載であることが多いので、記憶にないという人も多かろうが。 たいてい(新聞なら)四人くらいの選者(名のある俳人たちだ)が十句程度、選んでいる。だから毎月、四十句くらいの俳句が載っているわけだが、この四十句はだいたい、別々の句が載っている。 たまに、俳句の上に☆がついてる。 特にいい作品、という意味かなと思うが、必ずしもそうではないようだ。大体、右から順にベスト10に並んでいて、☆の句が左端ということも多い。ナノアル選者の評の言葉を読んでも、他の句ばかり褒めてたりしている。 では、☆はなんなのかというと、同じ句が二人(以上)の選者に選ばれているという意味だ。だから、AさんとBさん、二人の(nano-R)選者の選んだ俳句をじっくりみると、たしかに同じ句が載っていて、その両方に☆がついてる。 その句に限っては、二人がよいと思ったという意味だ。 なるほどね、と思ったあとで、えっと思う。 いや、本当は僕は、えっと思わないが、皆さん「えっと思う」だろ? と思う。ここまでボンヤリ読んでた人は、考えてみてほしい。 四人の人間が十句ずつ、四十句「よい」句が選んでいる。そのうち、複数の人が同じのを選ぶことが、「ごくたま」にしかないのだ! プロ野球のドラフトを思ってほしい。あれは「よい」選手を複数の球団が選ぶ行いである。 将来有望な選手には、指名が集まる。二球団どころか、四球団くらい殺到することもざらだ。そんで、大の大人がくじ引きなんかしてる。 毎年、ものすごくたくさんの高校球児、大学生、社会人野球の選手がワンサカいる。それなのに「よさ」を突き詰めてみていくと、ごく少数の同じ選手に複数の目がむく。いわば、その選手に☆がつくわけだ。 俳句は、「よい」と思う句を選ぶとき、AさんBさんCさんDさんで、毎月、ほとんど、評が割れているということだ。 ☆がめったに出ないのは、俳句の「よさ」がいろいろだから。 もし☆が一度もつかなかったら、我々はAさんがみている句と、Bさんがみている句は別々の段ボール箱に入っていたものだ、と思ってしまうかもしれない。だがちゃんと、同じ俳句をすべてみて、それでいてバラけているのである。 俳句って奥深いな、と思う。数式のようでないのはもちろん、「最後まで何が起こるかわからない」とかいわれる野球なんかよりも、もっとずっと分からない遊びってことだ。 新聞の俳壇をみる醍醐味は、載っている俳句のよさを楽しむだけでない、選者の好みや嗜好をみていくところにもある。 「よい俳句ってどんな句ですか」という類の質問をされるとき、僕はいつも「☆の少なさ」を思う。四人の凄腕がベスト10を選んだら、ほとんど違うベスト10になる。どの句にも「よさ」がある。ホームランやナイスキャッチが野球場ごと、試合ごとに生じている。 で、野性俳壇に話を戻すんだが、これが、多いのだ。 ☆が! 「野性俳壇」は、(nano-nai)僕と、テレビ「プレバト」でも人気の俳人、夏井いつきさんの二人が選者である。四人よりも二人も少ない(わざわざ書くのもあれだが)、だから確率的にはより、バラけるはずなのに! これは、数学的に理由がわかる。 「投稿が少ない」のである。 10000句から10句選ぶとき、10000の中で生じる個性の幅は相当だが、300句から10句選ぶときは、たいして差がない。 下手な俳句を省いたら、あと同じのを選ばざるを得なくなる。 特に僕は、著しい投稿違反の人の句を選ばないことにしているから、選択肢が著しく狭まる。 それで、☆がつくどころか、特選(いわば「ベスト3」)が夏井さんとかぶってしまった。 しかし、選がかぶっても、やはり個性の違いはある。テレビでも人気の夏井いつきさんとの選は面白いし僕も勉強になる。テレビでの夏井さんは厳しく添削する人だが、実際にはとてもキャパの広い選句をする。 この「野性俳壇」が、他の雑誌や新聞の俳壇コーナーと異なる画期的なところ。それは、二人がトークするコーナーが設けられていることだ。 そんな俳句欄は、いまだかつてみたことがない。4人の選者がいたとして、そもそもその人らは一つところに集まらない。合議で選んでいるわけでもない。大量のはがきやメールなどの俳句だけを(コピーなどを郵送してもらったりメールでもらったりして)みて、それぞれの場所で選句しているのだ(僕の聞いた新聞社の人の話に限るが、たぶん多くの場所がそう)。 新聞や雑誌の投句は、俳句を送る側だけでない、読む側も一人ぼっちというのが、不思議だ。なんだかそれは、俳句をしていないみたいだ。 僕も、夏井さんと会って合議でワイワイ選んでいるわけではない。なにしろ夏井さんは忙しい。全国を講演や句会イベントで飛び回っている方だ。 だから誌面に載っているのはチャットのようにメールでやり取りした、疑似的なやり取りではある。掲載される文字数も少なく、丁々発止のバトルということも起こりえない。 それでも、従来の「俳壇」よりうんと意味があると思うし、そのやり取りをしているとき、(一番近い気持ちを言葉にすると)ほっとする。 自分ではない人も、自分がみて付き合った俳句群を間違いなくみた。 無人島だと思って歩いていたら人とあって、自分は拾わなかった貝がらをその人が手に持って歩いていたら、すごくではないが少し、嬉しくなるだろう。 とにかく「選者二人が会話する俳句コーナー」は、初めての試みだから、どういう面白さが生じているか、こっち(僕)からは分かりきれない面がある。きっと、従来にないなにかが発生していくと思うのだ。 どうかこの俳壇は、丹念に「読書」していってほしいと願っている。そしてもちろん、投稿もして参加してほしい。お互いに一方通行だが、こっちでは少しだけ笑いあっている、そういう「壇」なわけだ。

今日の俳句

 野性俳壇7月号で佳作にとった句。5の次が7、7の次が5というのが俳句、というか、七五調のよさだ(当たり前だが)。「句またが」らない収まりかたが、メフテルというもののよさに貢献している。寝起きによろしいかあ?と少し疑わせるところも楽しい。いいじゃないか、俳句で本当のこといわなくて。

野性俳壇 雑誌「小説 野性時代」で、ブルボン小林が(本業の名前で)俳句欄の選者を勤めます。一緒に選をするのはテレビ番組『プレバト!!』でもおなじみの夏井いつきさん。投稿はこちらから。 もう生まれたくない 俳句ホニャララの作者の、本名による新刊。誰もが死とともにある日常を通してかけがえのない生の光を伝える、芥川・大江・谷崎賞作家の新境地傑作小説! 観なかった映画 俳句ホニャララの作者が、本名で刊行した映画評論集。はたして作者は映画を観たのか観なかったのか?ぜひ本を手に取って確かめてください、ポップコーン片手に。 EXISTENCE デーモン閣下5年ぶりのソロアルバム。ブルボン小林がエキレビ上でデーモン閣下にインタビューしたことがきっかけで、作詞で参加している。そのインタビューにおける、約10万年生きた悪魔とボンさんのやりとりは必見。その模様はこちら
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ブルボン小林

ブルボン小林

72年生まれ。「なるべく取材せず、洞察を頼りに」がモットーのコラムニスト。 00年「めるまがWebつくろー」の「ブルボン小林の末端通信」でデビュー。 常にニッチな媒体を渡り歩き、北海道新聞、週刊文春などのメジャー誌から、スウェーデンの雑誌やメルマガなどでも連載。 06年刊行の「ぐっとくる題名」(のちに中公文庫)は、広告業界やテレビ局の人間など、あらゆる「命名する」世界の業界人たちから絶賛され、ひそかな小ヒット。 現在は朝日新聞(関東と九州)、女性自身などで連載。小学館漫画賞選考委員。 その他の著書に「ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ」(ちくま文庫)、「ゲームホニャララ」(エンターブレイン)、「マンガホニャララ」(文藝春秋)など。 ブルボン小林 公式サイト

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