HAIKU HONYALALA Vol.17 BOURBON KOBAYASHI

June 30,2017 /

6月29日にブルボンさんが本名で「もう生まれたくない」を講談社から刊行されました!前座をつとめてから、何度目の新刊の告知だろう…。何度言っても嬉しいし、楽しみですね、サイン本。今回も発売日にゲットしました(サインなし)。 というように最近本名での活躍が特に目立っていますが、なんとデーモン閣下5年ぶりのソロアルバム「EXISTENCE」に、ブルボン小林が作詞で参加しています! 曲名は「微笑み仏壇返し」ではなく「方舟の名はNoir」。悪魔にも動じないブルボンさん、じごくのそうべえみたい。(smallest) hh017_top ウラモトユウコの漫画『FIT!』にブーメランをする場面が描かれている。これは、当連載でも触れたブーメラン句会がもとになっている。 ブーメランは句会に向いている、と思って行ったのだが、漫画にも向いていた。人物に動きをもたらし、景色を広く描くことにもつながっている。これがこのままブーメラン漫画になっていってもおかしくないくらいだ。 向いているかどうかわからないが、我々(の俳句同人)「傍点」(と補足しないと、普段なんの活動もしてない団体なので、傍点ってなんだ、と思われちゃうので書くが、精鋭揃いの俳句組織である)は先日「凧揚げ句会」も行った。 凧は春の季語になっている。正月の季語としても「初凧」がある(そうそう、「季語」には春夏秋冬のほか、「正月」の季語があるのです。そんなにか! と(俳句の正月厚遇に対しては)思うのだが、そのことはまたいつか語りたい)。 てもとの歳時記をめくってみるとこんな凧の句がある。 凧ひとつ浮ぶ小さな村の上 飯田龍太(*) ちぎれ凧吹きとび牛の目まばたく 加藤楸邨(*) 切れ凧のなほ頭を立てて流さるる 鷲谷七菜子(*) 凧揚げや遠いツェルニーだけが音 鶴谷香央理 (*)合本俳句歳時記(角川書店)より いずれも、さすがは歳時記に採用されるだけある。よい句だ(最後のはドサクサで入れた傍点同人の句だが、よい句だ)。だけども、なんかこー、物足りないわけではないのだが、足りない感じがある。 それは、ラガーの回、いや、ラガーラの回でも語ったことでもあるのだが、この句を作った人たち皆、絶対に凧をあげてない! ただみてる! 「俳句は客観写生」とよくいう。よくいうというか、高浜虚子から言われだした、現代の俳句にまで通じるキーワードだ。 でも「客観」「写生」ってイコール「それをしない」ってことじゃないだろう。しても客観できるし写生できる。 ……とかいうのは実はこじつけで、本当は「ブーメラン句会」でブーメランを教えてくださった小学館「ドラえもんルーム」の徳山雅記さんが、凧にも超詳しいというので、教わったら楽しいぞ、というだけでの開催だったのだが。 先の連載でも書いた通り、徳山さんは(雑誌の)「小学一年生」のフロクを作り続けていた人だ。だから、凧のような簡便な素材での工作を研究しつくしており、趣味にもしている。 自然とお願いする形になったのだが、徳山さんが印象的だった。 その「張り切り方」がだ。 ツイッターでは予定日の天気を何度も確認して「晴れるかな」と気を揉んでいたし、当日は自分の師匠も呼んでくれるという(我々は徳山さんこそが師匠と思っていたから、そのさらにボスが! そんな人を呼んでもらえてうれしい、と思えるかというと、もはや価値がよく分からない感じだったのだが)。 とにかく、凧を挙げる前から驚きだったのは、徳山さんが、大勢で凧をあげるのが嬉しくてたまらないという風だったこと。 僕は意外だった。頼んだ側からすれば、素人ばかりガン首揃って「ご教授願う」立場だ。きっと、素人など抜きで熟練者だけで集った方が、高次元の醍醐味を味わえる局面が多いだろうと推察する。 ほかの趣味のことに置き換えて考えても、素人に教えるというのは、好きな世界のすそ野が広がる喜びはあれど、それ自体はあくまで啓蒙、教育であり、「娯楽」ではない。 それなのに、徳山さんは「自分が楽しみの中心にいるような」感じで当日を待っていた。僕は、そこに実は「凧あげ」の本質があるんじゃないか、と思った(いや、その時点では単に不思議なだけで、後でそう思ったのかも)。 当日、徳山さんは武蔵野中央公園に一番乗りで場所取りをしてくれた。ブーメランの時と同様、さまざまな凧と、凧糸と手袋類もしっかり用意して。 徳山さんの願いが通じ、4月の武蔵野中央公園は絶好のコンディションだった。 それから我々はひたすら凧をあげた。 hh017_photo01 hh017_photo02 この凧が、まあ誰のどれも、簡単に、あがるんだ! なにしろオーソリティがすべてお膳立てしてくれているのだ。(風向きからしての)あげる位置、凧の離し方、糸の引き方などすべてに完璧な指導のもと、どの凧もあれよあれよと高空にするすると。「接待タコあげ」という言葉が浮かぶほどの、なんという気持ちよさ! 凧が春の季語であることにも、より深く頷けるようになった。我々は凧糸を手繰りながら同時に、季語の軸をもつかんだのだ。 凧には弱風用、中風用、強風用があるのだという。凧のサイズにあわせて糸にも種類がある。子供のころ、自分の凧がなかなかあがらなかった理由もなんとなく察せられる(チャーリー・ブラウンに教えてあげたい!)。 上空高く動く凧をみながら、子供のころ北海道の寒風にあげた凧揚げのことを僕は思い出していた。凧糸がみるみる減っていく感覚や、素手の指を切りそうになる感じを。 「まだある」と高をくくっていると糸がとっくになくなり、あっという間に糸軸からするんと取れて、「糸の切れた凧」ならぬ「糸の終わった凧」となって風まかせになってしまうのも、幼児の記憶として思い出した。「あると思ってたらもうない」感覚をたしかに自分は一度経験している。 凧は手間と、手持無沙汰が両立する。体を動かすことと、みることも。ブーメランは俳句にすること自体に難しさがあったが、凧はあげているまま客観写生が可能だ、と感じさせられた。そして、(事前に楽しみにしていた)徳山さんの気持ちも少しわかった。凧は、あげるのだけが楽しいのではない「誰かにみてもらっている」ことが非常に重要な遊びなのだ。そのことも俳句に似ている。俳句も、他者を必要とする遊びだから。 とかなんとかいってるうち、手を離れた凧はヨロヨロと風まかせに動いて、やがて公園の隣の高校の、テニスコートに落下していった。 これは漫画だなあ。なにやっても漫画になるのな、俺。 まさか「アノー、凧とってください」まで(大人になって)やることになるとは。それも、子供ならいいが44歳中年男子だ。凧を口実に女子高に潜入しようとする不逞の輩と思われる率100%! そのことで作句……は、さすがにしませんでした(女性の仲間に付き添ってもらい不逞感を消しつつ、テニス部女子高生に拾ってもらいました)。 そんなわけで、客観ではない(?)「本当に」凧揚げした句群はこちらである。 ■傍点凧揚げ句会(2017.4.16) 凧の弟子凧の師匠の前走る  山科誠 降りてくる凧の目玉の勇ましき 山科誠 春天をたぐりたぐりて凧高し 森住俊祐 凧の裏眺めて帰る雁一羽 徳山雅記 よくあがり凧にいつ飽きたらよいか 凡 季語の実感を深めたので、また来春ぜひ、つどいたい。 そして徳山さんによると今、小学館の本社では「『小学一年生』の付録展」をしているのだそうだ(7/20まで来館者は無料でみられるそう)。……次の句会は「フロク句会」か。まだまだ徳山さんに頼る気まんまんだ。 ※「今日の一句」はおやすみです。 もう生まれたくない 俳句ホニャララの作者の、本名による新刊。誰もが死とともにある日常を通してかけがえのない生の光を伝える、芥川・大江・谷崎賞作家の新境地傑作小説! 観なかった映画 俳句ホニャララの作者が、本名で刊行した映画評論集。はたして作者は映画を観たのか観なかったのか?ぜひ本を手に取って確かめてください、ポップコーン片手に。 EXISTENCE デーモン閣下5年ぶりのソロアルバム。ブルボン小林がエキレビ上でデーモン閣下にインタビューしたことがきっかけで、作詞で参加している。そのインタビューにおける、約10万年生きた悪魔とボンさんのやりとりは必見。その模様はこちらfit!!! 冒頭で紹介されている、傍点の同人であるウラモトユウコがやわらかスピリッツにて連載中のフィットネス漫画。これであなたもバラ色のフィットネスライフが! 野性俳壇 雑誌「小説 野性時代」で、ブルボン小林が(本業の名前で)俳句欄の選者を勤めます。一緒に選をするのはテレビ番組『プレバト!!』でもおなじみの夏井いつきさん。投稿はこちらから。
Share Button

ブルボン小林

ブルボン小林

72年生まれ。「なるべく取材せず、洞察を頼りに」がモットーのコラムニスト。 00年「めるまがWebつくろー」の「ブルボン小林の末端通信」でデビュー。 常にニッチな媒体を渡り歩き、北海道新聞、週刊文春などのメジャー誌から、スウェーデンの雑誌やメルマガなどでも連載。 06年刊行の「ぐっとくる題名」(のちに中公文庫)は、広告業界やテレビ局の人間など、あらゆる「命名する」世界の業界人たちから絶賛され、ひそかな小ヒット。 現在は朝日新聞(関東と九州)、女性自身などで連載。小学館漫画賞選考委員。 その他の著書に「ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ」(ちくま文庫)、「ゲームホニャララ」(エンターブレイン)、「マンガホニャララ」(文藝春秋)など。 ブルボン小林 公式サイト

CLOSE