HAIKU HONYALALA Vol.12 BOURBON KOBAYASHI

May 03,2016 /

00年『ブルボン小林の末端通信』でデビューし、01年本名で小説家デビューしたブルボンさん。今年で本名デビュー15年目ということでおめでとうございます!そして15周年を記念する第14作品集『三の隣は五号室』を6月10日に中央公論新社から刊行されます。これまたステキな題名!つかこの題名って七五ですよね?(smallest)

ブルボン小林の俳句ホニャララ / vol.11

主に、小学校の図書室に入る、児童向けの本に文章を寄せた。 『大人になるまでに読みたい15歳の短歌・俳句・川柳』(ゆまに書房)という本の、第三巻の序文だ。 短歌、俳句、川柳をひとまとめにしているところが、乱暴、なのではなくて画期的だ。誰かと会話していても、いつもいつも俳句と短歌を混同されて、違いを説明するのが面倒だなーと思っていたのだが、いっそ一緒に載せちゃう方がよく伝わることがある気がする。 僕はその本で序文を書いた。そこでも俳句短歌川柳の「違い」よりも、むしろ共通点を語ることにした。 それらの共通点は「短い」ということだ。同じ文章の表現でも小説はよほど苦労しないと暗記できないが、俳句短歌川柳は短いから、まるまる暗記できる。それこそがツールとしての利便である、と。 ……しかし、そのように書いておいてなんだが、本当だろうか。 仲間と俳句の話をしていても、しばしば、俳句はまるんと「出てこない」。 ある句についても、たとえば「ほら、あの、『なんたらや槍投げて槍に歩み寄る』みたいなさあ」とかいってる。 正式にはなんたらや、ではない。「春ひとり槍投げて槍に歩み寄る 能村登四郎」だ。 「耕衣の、あの、大孤独居士ここにあり、みたいな句を」などという。 正しくは「枯草の大孤独居士ここに居る 永田耕衣」だ。季語だけでなく、文末の言い方まで間違えて覚えている。 どちらも「いい句」として話題にしているのだ。それなのに(いい句と思ってるくせに)諳んじることができてない。 ちゃんと覚えろ。 真剣に俳句を学ぶ者ならばそんなことはあってはならぬ。 そのように思う向きもあろう(ある俳句入門書では、しのごのいわずにという強さで「まず名句を黙って覚えろ」と暗記すべき句がたくさん載っている)。 それはそうだ。正しい。 そうだけれども、不真面目を正統化したいことと別に、このことの「不思議」が気になってもいる。では「いい」と思った気持ちは、どこに宿っているんだろう。 作品ではなく読者に不備があってさえ「良いと感じさせた」ことは本当で、消えない。 うろ覚えである俳句に対して我々は(というか僕は)、それらの一体「なに」を「良い」句と思っているんだろう。 残像のようにボヤけている、季語や言い回しの部分は、句会でよく使われる言葉でいうと「動く」のだろうか。 五七五であることが記憶の助けになっていて、一部分が「なんたらや」みたいにボヤけていても、残りの伝達は、くっきりとなされる。 そのとき、「一部分だけ」ではダメで、ボヤける「なんたら」も必要。そんな気がする。 暗記できる句であることは、それが優れた創作であることと両立しないとも思う。 (もちろん先の入門書の著者だって、そういう理由で暗記しろといっているわけではない。むしろ「しのごのいわずに」というテンションの無闇さを、無闇さゆえに支持したい気持ちがある。同じことを説くのでも、無思考な人の追随意見には与したくない)。 「去年今年貫く棒の如きもの 虚子」とか「愛されずして沖遠く泳ぐなり 湘子」みたいに、すべて暗唱できる句も、僕にももちろんある。 小林一茶の句なんかキャッチーだから、まるまる覚えられる。でも、その一茶の「やせ蛙負けるな一茶これにあり」や「蝸牛そろそろ登れ富士の山」は別に「いい俳句」ではない(一茶には別に名句がたくさんある)。 他にも僕は「フセインを暴走させたのは誰だ」という川柳を覚えている。新聞の時事川柳欄に載っていたものだ。サダム・フセインのクウェート侵攻の句だから、90年ごろの句を二十年以上たってもなお、まるまる覚えているのだが、ぜんぜん、いい川柳ではない。ただの文章だ。なのに新聞の投稿に採用されていたから、驚きで忘れなかったのだった。 つまり、「暗記できる」ことと句の善し悪しには因果は「ない」。 (余談になるが、そういう、しょぼいのに一字一句忘れてない俳句や川柳を皆、言い合わないか、もしあったらツイッター@bonkobaまで教えて下さい)。 NHKの朝の連ドラをみていると、十分間くらい目を離していても、まるで筋を見失うことがない。下手すれば一日二日、見逃してもいきなり楽しめたりする。 真面目にみろ、制作者に失礼だろうという向きも、やはりいるかもしれない……いや、そんな人いるか? 実際、朝の連ドラは、台所で作業をしながら合間合間にみる人のため、ナレーションや、説明的な台詞を多めにしているという。見逃されることが前提の表現だ。 伝達に一語一語すべてが使われなくてもいいと思いながら作句するというのは「季語が動いても」まあいいや、みたいに思っているということでもある。 それもまたルーズで危ういことだけど、十七音しかないのだから丹精して、みたいにやってなお、暗記してもらえないかもしれないのだし、どこかの誰かにたとえば「槍投げて槍に歩み寄る」さえ伝われば、成功なんじゃないの、とも思うわけだ。 うろ覚えの読者も一読者だ。僕は遠ざけたくない。 ……まあ、一句全てを暗唱できた方がその場において「かっこいい」ことは、これは間違いないのだけど。  

今日の俳句

 分からない言葉があれば調べる。この句は、季語も貫入もカタカナも(つまり全部)分からなかった。で、調べていくほどに「ほう」「はあ」「ははあ!」と三段ロケットのように理解が快感を呼んだ。いったことない場所のみたことない建物なのに、俳句でもうずっと「忘れない」。

春のお辞儀(ふらんす堂刊) 俳句ホニャララの作者が本名で刊行した第一句集「春のお辞儀」絶賛発売中。 最初で最後の活版印刷で限定発売。

俳句同人 傍点 2014年結成の俳句同人。主催(主宰にあらず)は長嶋有。 ツイッター上の言葉遊びをきっかけに、作家、漫画家、造園業、主婦、心理学者、学生、デザイナー、官僚など幅広い職種のメンバーが集う。句会では誰もが点数に拘泥し、逆選の応酬でギスギスと盛り上がる。 同人名の由来は、主催が傍点好きでやたら文章にふることと、俳句とは、それ自体が世界に傍点をふるような行いだというこじつけから。

SUPERSTARS 誰が呼んだかスーパースターズ。自ら呼んだよスーパースターズ。そんなスーパースターズはボーカルのsmallest、作詞のブルボン小林、作曲のKUNIOから成る、吉祥寺の焼き鳥屋で結成された3人組である。個々のスキルはそれなりに高く、行動は実に遅い。そんな大人の事情を抱えた3人組なのだ。

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ブルボン小林

ブルボン小林

72年生まれ。「なるべく取材せず、洞察を頼りに」がモットーのコラムニスト。 00年「めるまがWebつくろー」の「ブルボン小林の末端通信」でデビュー。 常にニッチな媒体を渡り歩き、北海道新聞、週刊文春などのメジャー誌から、スウェーデンの雑誌やメルマガなどでも連載。 06年刊行の「ぐっとくる題名」(のちに中公文庫)は、広告業界やテレビ局の人間など、あらゆる「命名する」世界の業界人たちから絶賛され、ひそかな小ヒット。 現在は朝日新聞(関東と九州)、女性自身などで連載。小学館漫画賞選考委員。 その他の著書に「ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ」(ちくま文庫)、「ゲームホニャララ」(エンターブレイン)、「マンガホニャララ」(文藝春秋)など。 ブルボン小林 公式サイト

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