HAIKU HONYALALA Vol.10 BOURBON KOBAYASHI

November 28,2015 /

(注意。今回は、蛇や虫などの画像が登場します。苦手な方はあらかじめお気をつけ下さい)

ブルボンさんの著書『ぐっとくる題名』をいつも手の届くとこに置き、記憶力の悪い僕はいつでも読み返せるようにしている。この本を読むと、世にあふれる『題名』を新しい気持ちで眺めることが出来るし、なおかつとても実用的だ。そして、唯一無二な題名論を展開するブルボンさんがつける題名に自然と目が行く。というワケで、ブルボンさんが本名で書いた新刊の題名を見直す。 『愛のようだ』 なるほどなるほど。これは「いいきってしまう」タイプなのかなぁ、なんて思う僕の机には二つの本がある。(Smallest)

ブルボン小林の俳句ホニャララ / vol.09

(前回までのあらすじ)
九月某日、俳句同人『傍点』のWンジョ隊長、ボンヤッキー、スミノンズラーの腹ペコ悪玉トリオは毎日がバチェラーパーティさと掛け声も朗らかに、青森へとドライブに繰り出した。深夜、豪雨に見舞われ車は横転炎上。辛くも脱出した三人だったが、頭上からはソ連の重戦闘ヘリ・ハインドDが、地上からはスペツナズの残党の放った精鋭部隊の追撃の手が迫る。腰までつかる濁流を進み行く三人。はたして彼らは青森にたどり着けるのか、この日本に、そして世界に朝は来るのか……!?

 極上の塩辛の上にウニが載っている。ほかほかの白米の上に極上の塩辛、その上の、ウニ。そんなことを、していいのか。W隊長は悶絶していた。夜、傍点の腹ペコ三銃士はスミノンズラーことSの、青森県の実家にいた。  あたたかな広いダイニングで、次々と供される山海の珍味。湯上がりの我々は三人が三人、楽な寝間着に着替え、弛緩しきった心持ちで、もてなされるに身を任せつづけた。  これがイーハトーボか。そう思った。そして、これまで同人内でも存在感のなさを軽んじ侮っていたSのことを、今はもうウニの山越しに睥睨し始めていた。  前回の「俳句ホニャララ」内でも一度も言動を触れられていない(ずっと「居た」し、喋ってたのに)が、これからはもう違う。S君じゃない、S「様」だ。君を軽んじる輩がいたら、俺がぶっ飛ばす(一番軽んじていたのは僕なのだが)。  廊下でも数人が寝泊まりできそうな豪邸で、おもねりの気持ちを露骨にたたえながら(S家の養子になりたいと思いながら)僕は、無事に生きていることの喜びも改めて感じ取っていた(ウニ飯をかきこみながら)……。  実際のところ、車を乗り捨ててのち、我々はヘリの爆撃を受けることもなく、腰までつかる水をゆっくりと歩き抜け、大型トラック群の脇を抜け、また歩いた。夜の雨を無駄にライトで照らしつつアイドリング中のトラックのどれも、(トラック自身が)疲れてうんざりした様子だった。  だが、我々は非日常ゆえの高揚を感じていたはずだ。  コンビニにも我々のように車を乗り捨ててやってきた者が大挙しているだろう。しかし、発光する店舗に近付いてみれば想像のようではなく、「いつもよりやや混んでる」くらいだ。すでに通常営業を取りやめ、床に敷かれた段ボールに横になっている者さえいるのではと思っていたので、拍子抜けだ。濡れ鼠は我々三人だけだった。  トラックの運転手たちはたしかに表情に疲労をたたえつつ次々と入店する。しかし、トイレを借り、めいめいのための飲食物や煙草なんかを買い込んだ彼らは皆、出て行く。  あれあれ、と思った。あの雨と冠水だぞ。ほうぼうから「同じ目に」あった者が逃げ込んでき……は、しないのか? 翌日になって把握するのだが、我々が通りすがった3号線の下り坂そしてすぐ上り坂の地帯で、乗り捨てられた車はたったの三台だった。うち一台の持ち主は前回に登場したゴン太(ぶと)脚の女性の軽自動車である。女は「父にいわれて」(前回参照)帰宅し、もう一台のキャンピングカーの持ち主は反対の坂を出て、向こう岸のコンビニにいった。  つまり、このへんで「被災」したのは我々三人だけだ。あと皆、ぴんぴんしている。  そういう被災のケースというのは、よくあるものだろうか。段ボールが敷き渡った、空間の隅々まで「被災被災」した姿ではない、通常営業のコンビニで、だが他に行き場所もなく、コンビニ外の窓のへりに腰をもたせかけて、我々は夜を明かした。そのうちコンビニの人にはさすがに事情を話し、そうしたら奥から椅子を出してくれたのだが、後から入ってくる客には、なにやってんだか分からない、図々しい三人組にしかみえない。  なんとも居心地悪く、明け方、廃屋のようなバス停に移り、壁に三方「同構え」に設えられた座面にそれぞれ(やっと)横たわったところで−−快適さはコンビニよりもはるかによくないのに−−ほっとしたのに似た感情を抱いた。やっとめいめいが「ちゃんと被災してる感」を得て、小さな布やタオルをかぶり、眠りに落ちた。

ブルボン小林の俳句ホニャララ / vol.09

■翌朝、三人で水位をみにいく。夜明かしとなったトラックの皆さんもお疲れさまだ。

ブルボン小林の俳句ホニャララ / vol.09

■ガススタンドの裏はどの程度の浸水だろうか。

ブルボン小林の俳句ホニャララ / vol.09

■やはり、まだまだ「浸かる」ようである。

 雨は止んでいたから、これ以上増えることはない。我々は再び覚悟を決め、ザブザブと再び歩き出した。腰の高さでも転んだら溺れる自信がある。慎重に歩を進める。 はたして、愛車ラシーンは……無事にエンジンかかった!Wさんの判断は的確だったのだ。

ブルボン小林の俳句ホニャララ / vol.09

■愛車ラシーン。早速、着衣を干す三人。

ブルボン小林の俳句ホニャララ / vol.09
ブルボン小林の俳句ホニャララ / vol.09

 ボディにはカタツムリが、タイヤにはイナゴがびっしりだ(ガススタンドの天井からのびるホースのつけねにも)。水を避けんと、普段は捕まらないような場所にでも、しがみついたのだろう。昨夜みた、カマキリのシルエットを僕は思い出した。ほんのわずかな隙に、あれは入り込んでいた。  みんな、生きたかったんだ。  イナゴも、カタツムリも、カマキリも、我々も。水から等しく逃れ、全員が普段はしない姿をみせた。  やっと晴れてきた午前中、車内の荷を出し、濡れたズボンを履き替えて(干して)、そしたらすることがなくなった。  水位が下がるまで「ただそこにいる」しかない。  ぼんやりと退屈を感じていたときだ。生きたかった蛙と、生きたかった蛇がアスファルトにあらわれた。  蛇は蛙を追い、蛙は逃げる。あれよあれよという間に、見事な捕獲劇をみせてくれた。  そのときの三人の連作が、これである。

■蛇、蛙を呑む(十三句)  秋出水ガススタンドの裏は晴れ 新涼や乾いてこその長ズボン 丸呑みの狙い定めて秋の蛇 横っ飛びしない蛙や生きたいので 蛇行ではない追跡を蛇疾し あっという声の揃うや天高く 噛みついて尾はまだ遠くあり秋日 からまりの中の蛙や女郎花 巻きすぎて食いあぐねている昼餉だ 爽籟やこれ以上膨らまぬ腹 穴惑おにぎりはすぐ食べられて 蛇穴に入らずエンジンはかかった 秋風やあれは無住職の寺 (炭野文、凡コバ夫、渡邉朧)

ブルボン小林の俳句ホニャララ / vol.09

 我々は膝下までの水位となった川をラシーンでざぶざぶ乗り越えて出発した。夕刻、S邸で夢の歓待を受け、目当てのロックフェスを楽しみ(かつ、寝た!)、恐山にキリストの墓まで観光して帰路に着いたが、今も一番に思い出すのは、あのとき「生きたかった」もののすべてだ。


※「今日の一句」はおやすみです。



増補版・ぐっとくる題名(中公文庫)

テレビ、ラジオのディレクターや雑誌編集、広告などあらゆる「業界」人が絶賛する隠れロングセラーが、ついに文庫化。題名つけに悩むすべての人に送る、ありそうでなかった画期的「題名」論をさらに増補。論だけど読みやすい!イラストも朝倉世界一氏による新規かきおろし!

春のお辞儀(ふらんす堂刊)

俳句ホニャララの作者が本名で刊行した第一句集「春のお辞儀」絶賛発売中。 最初で最後の活版印刷で限定発売。

俳句同人 傍点

2014年結成の俳句同人。主催(主宰にあらず)は長嶋有。 ツイッター上の言葉遊びをきっかけに、作家、漫画家、造園業、主婦、心理学者、学生、デザイナー、官僚など幅広い職種のメンバーが集う。句会では誰もが点数に拘泥し、逆選の応酬でギスギスと盛り上がる。 同人名の由来は、主催が傍点好きでやたら文章にふることと、俳句とは、それ自体が世界に傍点をふるような行いだというこじつけから。

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ブルボン小林

ブルボン小林

72年生まれ。「なるべく取材せず、洞察を頼りに」がモットーのコラムニスト。 00年「めるまがWebつくろー」の「ブルボン小林の末端通信」でデビュー。 常にニッチな媒体を渡り歩き、北海道新聞、週刊文春などのメジャー誌から、スウェーデンの雑誌やメルマガなどでも連載。 06年刊行の「ぐっとくる題名」(のちに中公文庫)は、広告業界やテレビ局の人間など、あらゆる「命名する」世界の業界人たちから絶賛され、ひそかな小ヒット。 現在は朝日新聞(関東と九州)、女性自身などで連載。小学館漫画賞選考委員。 その他の著書に「ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ」(ちくま文庫)、「ゲームホニャララ」(エンターブレイン)、「マンガホニャララ」(文藝春秋)など。 ブルボン小林 公式サイト

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