HAIKU HONYALALA Vol.9 BOURBON KOBAYASHI

October 28,2015 /

『愛のようだ』 ブルボンさんが本名で11月の下旬にリトルモアから刊行する小説のタイトルだ。 なにかを発売前からワクワクするのはひさしぶりだ。最近タイトルが発表され、その後章題が発表された。少ない情報に、何度も言うけどワクワクが止まらない。発売前のワクワクは、読者にしてみりゃ一番自由に想像を掻き立てられる時期なのだと改めて感じた。期待は裏切られたくない、だけどこの想像は気持ちよく裏切ってほしい…。あぁ、そんな複雑な気持ち…ではとくになく、単純に楽しみ!待ち遠しい!(Smallest)

ブルボン小林の俳句ホニャララ / vol.09

 先月の鬼怒川の氾濫はテレビニュースでも上空からの様子が生々しく中継され、深刻な被害がリアルタイムで伝えられた。事後の復旧の大変さもまた(先の震災報道ほどではないものの)逐一、報じられているようだ。  しかし、水害は鬼怒川だけではなかった。東北の雨はあのとき、二日以上に渡って降り続けたのだ。  鬼怒川氾濫の翌日の夜、我々(僕と、俳句同人傍点のメンバーW嬢、S君の三名)は、拙車、日産ラシーンを駆って絶賛北上中だった。青森で開催されるロックフェスを観に行くのだ。  東北道を行くはずが鬼怒川氾濫で大規模な通行止め。解消される気配はない。W嬢は急遽、常磐道を選んで進んだ。放射能含有のマイクロシーベルト表示を告げる看板を横目に、片側一車線の高速を北上する。ワイパーはほぼ最速で動き続けていた。  その常磐道から仙台北部道路を通って東北道に乗り換えようとするも、富谷ジャンクションも通行止めとなり、宮城県利府しらかし台で下の道をゆくことに。深夜に北上する県道3号の、前をゆくのも対向車もダンプかトラックばかり。  豪雨もだが、対向車のあげる水しぶきがバケツをぶちまけたみたいに降りかかり、視界は常に水に遮られた。信号機も、明かりのついた建物もほとんどない知らない道は、水かさも増していき、ついにはココア色の川につっこんだみたいになった。

ブルボン小林の俳句ホニャララ / vol.09

■多分この時間帯に、近くの川が氾濫したようだ  スマートフォンのアプリでみる雨雲は、東北全体に黄色や赤の(警告色の)点をびっしりと表示させたままだ。雲が動かないのか、動いているが切れ目がないのか。  W嬢はシリアスな表情をたたえながら、通り沿いの、無人のガススタンドに車を入れようといった。  このまま進んでは車が水でダメになる、少しでも高さのあるところで雨をやり過ごすべきと判断したのだ。W嬢はしっかり者でかつ、諸事を抱え込みがちな性分の女性だ。  ガススタンドの建物内からは蛍光灯の光がみえていたが、人の気配はなかった。どこのガススタンドも必ず「外」にあるのに、立派な「屋根」もある。車を降り立った我々は、人工的な屋根というものの意義を束の間かみしめながら雨の車道をみつめた。もうこの時点で道は濁流だった。軽自動車が無謀にも川のような道をザバザバと行き過ぎていった。少しでも高いところへと、給油する場所でなく、ガススタンドのバックヤードというべき裏に移動し、車内にて待機する。思いついてラジオをつけてみたが特に非常時という風でもない軽薄なトークが聞こえ、拍子抜けだ。  と、ずぶぬれの女が現れた(深夜にずぶぬれで歩く女になど、なかなか遭遇できるものではない)。ガススタンドの明かりに吸い寄せられるようにやってきた。「屋根」を得て、それからスマートフォンで助けを呼んでいる気配(あとで分かったが、先の軽自動車の運転者だったらしい。やはり浸水で進めなくなり、乗り捨てたのだ)。  ともにここでやり過ごさないかと声をかけてみた。 「(家が近いので)歩いて帰ってこいって父が」女は礼を述べつつそう言った。 たしかに、あまねく世の「親」というものは、子供によくいう。「(いいから)歩いて帰ってこい」と。でも、と我々は車道をみやった。歩いて? あの濁流を? 「飛んだ目に合う」とか「ひどい目にあう」という日本語がある。その「目にあう」のも、また個別のことだと改めて感じ入る。彼女は濁流を歩き、我々は留まる。 (足の太い女だったなあ)見送り終え、そんなことを呟いて二人に呆れられる。  当初は彼女の判断を無謀に感じていたが、それから数十分たったろうか、雨足は強まりこそすれ、やむ気配はない。このままここにいて、やり過ごすことができるのだろうか。車道と比べたときの、ガススタンドの高さなどわずかだった。再び外に出て水かさをたしかめる。スタンドの表口にも波が寄せており、車道は大河のようだ。W嬢は次なる提案をした。 「車を捨てよう」と。  そんな日本語を、僕は人生で聞くことになるとは思わなかった。たしか十分ほど歩いて戻ればコンビニがあった。ここは下り坂だったから、少し戻れば、今なら水を逃れられるだろう。  しかし、歩くのか、あの濁流を。なにがベストの判断か、誰にも分かるはずがない。いつかの水害のニュースで、バスの屋根で救助を待ち続けた人たちのことを思い出す。  車に戻り、必要な物を手に持とう。再び入り込んだラシーンの車内に浮かんだシルエットに僕は声をあげた。

ブルボン小林の俳句ホニャララ / vol.09

■カーナビの上にカマキリ! わずかに車を空けた瞬間に逃げ込んでいたのだ  ロックフェスの準備として、たまたまモンベルの雨具を買っていた。「ゴアテックス」という悪の組織みたいな名前の最新のやつだ。いかにも水を遮ってくれそうなファスナーの素材に頼もしさを感じながら引き上げ、フードをかぶる。持って行く荷物をもたもた選んでいたら不意の鉄砲水で車ごと横倒しに……などと想像しながらも、小型ワープロを持って行くべきかためらう。そんなときでもワープロは手放さなかった、みたいな「いい話」然としてみえないか。そんなに俺、自分の職業に誠実な人間ではないよなあと思いつつ、荷に入れる。  そして我々は車を乗り捨てた。背の低いW嬢は腰まで、男二人は股まで水に浸かりながら、緩やかな坂を上った。転ぶのが一番まずい。三人、慎重に歩く。

ブルボン小林の俳句ホニャララ / vol.09

■S君に撮影してもらったW嬢と僕。たまたまだが同じモンベルに身を包み、夫婦のようである  川をざぶざぶと無事にあがりきった先には、進むのを諦めたトラックが遠くまで列になり、雨に車体を艶めかせながらエンジンをふかしていた……。  さて、ここまで俳句とまるで関係のない話だが、何が言いたいかというと、我々はこのとき俳句を作ったのだった。  かつてバスの屋根に登って救助を待った人々は、皆で身を寄せ合い、互いを励まし合うため、坂本九の『上を向いて歩こう』を歌い続けたという。  そのときの皆が知っている歌を歌ったのだ。  皆が俳句を知っていたら、俳句だろう。俳句はそういう風に「使われる」べきだ。 「文学なんて生きていく役に立たない」という人がいる。そうかもしれない。生涯、文学の必要ない人はきっといる。 「生きるか死ぬかの非常時にはなおさらだ。死にそうなとき、ピンチのとき、創作活動なんてしてる暇はない」そういう人もいる。  僕は、それは嘘だと思う。  非日常の、ピンチのとき(実際は、そんなおおげさな被災では全然なかったのだが)にこそ、文学や詩や歌を「使う」のだ。心の中で思い出したり、諳んじたり。俳句は短いから、作ることさえできる。運動神経や、サバイバル術がときに人を生き延びさせることと、まるで同じことのように僕は思う。 「使える」手段をそうして忍ばせながら、我々は平穏な日常を生きている。  なんだか大げさな話になったが、どんな俳句ができたか、後編に続く!

 

今日の俳句

 俳句を語る定番の褒め言葉に「景が浮かぶ」という言い方がある。「景色」ではなく「景」というのが(通っぽくて)恥ずかしいのだが、つい言っちゃう。しかし、この句で「景が浮かぶ」のは何故なんだろう。漫画のようだし、実写のようでもある。響きにも驚かされる。アニメ「ルパン三世」の、タイトル文字がカシャンカシャンと打たれるみたいな句で、文字それ自体が脳裏を打つ。三鬼は俳句のスターである。

増補版・ぐっとくる題名(中公文庫) テレビ、ラジオのディレクターや雑誌編集、広告などあらゆる「業界」人が絶賛する隠れロングセラーが、ついに文庫化。題名つけに悩むすべての人に送る、ありそうでなかった画期的「題名」論をさらに増補。論だけど読みやすい!イラストも朝倉世界一氏による新規かきおろし!

春のお辞儀(ふらんす堂刊) 俳句ホニャララの作者が本名で刊行した第一句集「春のお辞儀」絶賛発売中。 最初で最後の活版印刷で限定発売。

俳句同人 傍点 2014年結成の俳句同人。主催(主宰にあらず)は長嶋有。 ツイッター上の言葉遊びをきっかけに、作家、漫画家、造園業、主婦、心理学者、学生、デザイナー、官僚など幅広い職種のメンバーが集う。句会では誰もが点数に拘泥し、逆選の応酬でギスギスと盛り上がる。 同人名の由来は、主催が傍点好きでやたら文章にふることと、俳句とは、それ自体が世界に傍点をふるような行いだというこじつけから。

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ブルボン小林

ブルボン小林

72年生まれ。「なるべく取材せず、洞察を頼りに」がモットーのコラムニスト。 00年「めるまがWebつくろー」の「ブルボン小林の末端通信」でデビュー。 常にニッチな媒体を渡り歩き、北海道新聞、週刊文春などのメジャー誌から、スウェーデンの雑誌やメルマガなどでも連載。 06年刊行の「ぐっとくる題名」(のちに中公文庫)は、広告業界やテレビ局の人間など、あらゆる「命名する」世界の業界人たちから絶賛され、ひそかな小ヒット。 現在は朝日新聞(関東と九州)、女性自身などで連載。小学館漫画賞選考委員。 その他の著書に「ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ」(ちくま文庫)、「ゲームホニャララ」(エンターブレイン)、「マンガホニャララ」(文藝春秋)など。 ブルボン小林 公式サイト

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