HAIKU HONYALALA Vol.8 BOURBON KOBAYASHI

August 24,2015 /

先日、母親から電話があった。「新聞にブルボンさんの記事が出てるよ!ブルボン小林の末端時評!」とのこと。新聞をとっていない自分を見越して「送ろうか?」といわれたが、「ネットで見れるから平気」と返し電話を切った。ネットをめったに使わない母親は、新聞で得た情報を電話で伝えてくれた。 そうか、ということは母親はこの連載が読めていないのか…。大問題だ! (Smallest)

ブルボン小林の俳句ホニャララ / vol.08

 俳句が面白くなる肝は俳句単体ではなくて「句会」にある、ということが分かってきた(「東京マッハ」などに参加することで、啓蒙するつもりが啓蒙されてきたのだ)。 新聞の俳句欄に投稿を続けることでも、もちろんモチベーションを得られるし無駄ではないだろうが、緊張感のあるメンバーで真剣に、かつ楽しく議論できる。そういう「場」があればこそ、句を作るときも慎重に、または大胆になれるだろう。 だが、その「句会のやり方自体」について、自分と世の俳句界の間には大きなズレがあることに気づいた。 それは「点数への異様な拘泥」の強さだ。 句会イベント「東京マッハ」で僕がちょっと驚いたのは、点数をあまり皆、意識していないことだ。 その前に句会の説明をしよう。 参加者全員が匿名で俳句を出し、一覧にして、今度は参加者全員で点数をつけていく。 たとえば参加者八名で六句ずつ出し合ったら、四十八句が一覧になる。 自分以外の四十二句に例えば「特選(◎)を一、並選(○)を六、計七句」などと決めて、点数をつける。 点数によって「優れた句」を表出させるわけである。 最高点をとれば嬉しいし、そのことは一つの目標にもなる。 「東京マッハ」もゲスト含め五、六名で六句ずつ出し合い、同様に点数をつけあう。 最高点をとったら拍手されるし、最高点句の作者には「次回の句会のお題を出す栄誉」が与えられる。 え、それだけ? 「総合点は?」と僕は思った。だって、一人六句も出しているのである。 たしかに、最高点句は四点とった米光さんの句かもしらん。だが俺のこの句だって三点とってる。こっちの句は二点で、これとこれは一点だから合計では俺の方が上の点数かもしれないだろう。 「総合点で決めないの?」言ってみたら、他のメンバーにポカーンとされた。 あー、そうだった、そうだった。それまでしばらく(四、五年近く)句会をお休みしていたので、忘れていた。 句会にとって「点数は便宜」だ。大事なのはあくまでも評の言葉だ。 だから、かつて参加していたさまざまな句会でも、称揚されるのは最高点の一句を出した人だけだった。次点句、三位の句なんかも同じ人がとった場合「今回は○○さんの独壇場だなあ」「絶好調だね」なんて言葉が漏れたりもしたものだけど、それだけだ。 全句につけられたわずか一点の句までをチマチマ集計して、総合点で一位○○さん、二位××さん、なんてやったりはしない。ましてや「カウントダウン形式にして発表」とかしない。「ブービー賞は、○×さんでーす」「万年ブービーだなあ、おい」「ハッハッハ」みたいなやり取りもない。 普通は、しない。 俺の句会だけだ、そんなことを真剣にやって「点数」に異様に拘泥してんのは! もっとも、「順位をカウントダウン形式にして発表」は、僕が主導したことではない、「傍点」の前身となる句会で、メンバーが勝手に始めたことだ。作者一覧を明かす段で「それでは十位の発表です!」と司会がいったときの驚きといったら(そのことについては、また近いうちに語ろう)。 繰り返すが句会における「点」は便宜だ。特に並選は。 大抵の句会で「特選(◎)」「並戦(○)」という選び方をする。特選は「一番いいやつ」だ。並選はその次くらいにいいやつで、そのときの句数次第で数句選ぶけど、特選は常に一句。 主宰がいる結社などでは、先生の「特選」「二席」「三席」「佳作」などという風に順序がつけられるようだ。 並選はその句会で「2番目にいい句」から「X番目にいい句」という意味だ。並選を合計して10点とろうと、その点数は「何番目かにいい」というあいまいな評価の集積でしかない(明らかに、一番いい句ではなかったという意味でさえある)。特選3つを得た句と、並選6つ得た句ではどちらが本当に良い句か。 だからつまり、合計点なんかで浮かれているのは素人だ。そんなことはやめるよう戒めた方がよい……のだが、先の東京マッハの楽屋のやり取りの通りだ。僕が点数に固執しているのだから、同人メンバーも倣ってしまって仕方ない。 でも、「正確な選」なんてないのだ。俳句は数式じゃないから。 点数への拘泥も、行ききるところまでやったらどんな句会になるか。 いっそ「並選がない」句会はどうだろう。でも特選一句を選ぶだけだとさすがに、話し合うきっかけがなくなってしまう。 いろいろ考えた末、今、ツイッター上で、「タイマン甲子園」というのをやっている。一対一でする句会だ(句を出した者以外の大勢が選句に参加する)。トーナメントで勝ち上がった同士で戦い抜くのだ。 並選というものを排すると議論しにくくなる理由は、一回の句会に出てくる句数が多すぎるからだ。 でも、句数を減らしてしまうということは、参加人数を増やせないということだ。 だったら、選ぶ人を多くして、句を出す人を減らせばいいのではないか。 タイマンの喧嘩と、それをみつめるギャラリー(選句「だけ」する)だ。 何度か「タイマン句会」をやってみたら、やはり面白かったし盛り上がった。 それで思った。 だったら「トーナメント」ができるぞ! と。 僕は漫画が好きだが、『キン肉マン』や『ドラゴンボール』『ハチワンダイバー』など読んでいると、突然本筋と離れた「トーナメント」の戦いが始まる(『ケンガンアシュラ』のように徹頭徹尾トーナメントという漫画もある)。 僕は「トーナメント」が大好きだ。 漫画は常に「主役と脇役のやり取り」だが、トーナメントになると必ず、「脇役対脇役」が描かれる(描かれざるを得ない)。筋は停滞するが、漫画の世界は大きく膨らむことになる。 皆さん、普通に生きていて「トーナメントで戦う」なんてことがあなた方の人生でこれまで、そしてこれからも、あるだろうか。 トーナメントの渦中にいるとき、人生はつかの間、横に置かれる。 当初のもくろみも試すことができる。 「並選が複数ある」ことでボケてしまう部分も、タイマンで一人二句、計四句だして、選ぶ人は「一句」特選のみ。並選というあいまいなルールを排して、点数の意味を純化してみたかったのだ。 そして、勝ちと負けを「便宜」でなくしてみる。 いい句(とされる句)が(単に称揚されるのでなく)「勝つ」ことも、端的に「俳句のため」になりうるのではないか。 やってみたら、これが、熱い!

ブルボン小林の俳句ホニャララ / vol.08

高校野球を可能な限り模し、参加者はそれぞれのご当地を背負ってもらうことにしたせいで、ギャラリーの応援も熱が入る(ツイッターは全国の参加者がみられるから余計に)。 勝った者はニセの校歌を即興で歌い、ウグイス嬢は澄まし声をあげ、選句する者の言葉も野球になる(場外ホームランかファウルか喩えが分かれたりする)。 そういう「パロディ」行為は、作る俳句と本来無関係だ。だが、作句するものの気持ちには作用を与えるはずだ。 ついさっき、真夜中にツイッターの画面をみたら、明日ベスト8の試合に挑む福岡代表の女性がこう呟いていた。 「はーこんなに人に勝ちたいと思ったこと、ない」と。 ……そんな気持ちに一人をさせただけで、もう十分、やった意味あるじゃないか。 ツイッターをみられる人はハッシュタグ「#nande_kukai」で今からでも追いかけてみてほしい。 【タイマン句会甲子園】第1試合から第4試合までまとめ 【タイマン句会甲子園】第5試合から第8試合までまとめ 【タイマン句会甲子園】2回戦まとめ 【タイマン句会甲子園】準決勝・決勝まとめ(の予定)

 

今日の俳句

 タイマン甲子園で出た場外ホームラン(ファウルとジャッジする人も多数)。なにいってんだ、という句だが耳から離れぬ。俳句もまた「詩」の中にあるわけで、ナラティブとインプレッションの同時性を獲得した、俳句でないとしても化け物のような語の並びだ。

Fライフ3号(小学館) 藤子・F・不二雄生誕80周年記念本第3号 俳句同人「傍点」の藤子・F・不二雄句会の内容を掲載。

増補版・ぐっとくる題名(中公文庫) テレビ、ラジオのディレクターや雑誌編集、広告などあらゆる「業界」人が絶賛する隠れ ロングセラーが、ついに文庫化。題名つけに悩むすべての人に送る、ありそうでなかった 画期的「題名」論をさらに増補。論だけど読みやすい! イラストも朝倉世界一氏による新規かきおろし!

春のお辞儀(ふらんす堂刊) 俳句ホニャララの作者が本名で刊行した第一句集「春のお辞儀」絶賛発売中。 最初で最後の活版印刷で限定発売。

俳句同人 傍点 2014年結成の俳句同人。主催(主宰にあらず)は長嶋有。 ツイッター上の言葉遊びをきっかけに、作家、漫画家、造園業、主婦、心理学者、 学生、デザイナー、官僚など幅広い職種のメンバーが集う。 句会では誰もが点数に拘泥し、逆選の応酬でギスギスと盛り上がる。 同人名の由来は、主催が傍点好きでやたら文章にふることと、俳句とは、 それ自体が世界に傍点をふるような行いだというこじつけから。

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ブルボン小林

ブルボン小林

72年生まれ。「なるべく取材せず、洞察を頼りに」がモットーのコラムニスト。 00年「めるまがWebつくろー」の「ブルボン小林の末端通信」でデビュー。 常にニッチな媒体を渡り歩き、北海道新聞、週刊文春などのメジャー誌から、スウェーデンの雑誌やメルマガなどでも連載。 06年刊行の「ぐっとくる題名」(のちに中公文庫)は、広告業界やテレビ局の人間など、あらゆる「命名する」世界の業界人たちから絶賛され、ひそかな小ヒット。 現在は朝日新聞(関東と九州)、女性自身などで連載。小学館漫画賞選考委員。 その他の著書に「ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ」(ちくま文庫)、「ゲームホニャララ」(エンターブレイン)、「マンガホニャララ」(文藝春秋)など。 ブルボン小林 公式サイト

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