HAIKU HONYALALA Vol.7BOURBON KOBAYASHI

May 26,2015 /

NHK BSプレミアムの「このマンガいいね!BSおすすめ夜話 胸キュン!恋愛特集」にオススメンバ―としてBKが出演していた。オススメしていた恋愛マンガは吉田戦車の『ひらけ相合傘』。BK曰く「恋愛数は上下二巻でなんと、(フリップを掴み勢いよく机に)ドン、83恋愛!」なに!?そんなにー!?しかもフリップの下には小さく「ブルボン小林調べ」とある。あー!調べてる!とテレビの前で僕は通販番組の観客のようなリアクションをとっていた。後日この本を買った。よく数えましたね、恋愛数。きっとBKは、あのフリップを持って帰ったに違いない。(smallest)

ブルボン小林の俳句ホニャララ / vol.07

 小学館に「ドラえもんルーム」という部署がある。さすがは国民的キャラクター、版権管理なども含め、出版社内に専門の部署ができるほどなのだ。  普段、僕は漫画評を生業としている関係で、「ドラえもんルーム」にも時々お世話になる。そこの徳山雅記さんはドラえもんに精通しているのみならず、ブーメランの第一人者でもあった。  なんでまた出版社の人がブーメラン? と思うところだが、ここに限って必然性はある。  徳山さんはかつて、小学館の学年誌「小学一年生」などの編集者であり、雑誌のフロクを長年、作り続けていたのだ。紙やゴムなどの限られた素材で、いかに子供をワクワクと喜ばせられるか、毎月悩み、苦闘し続けたという。  ブーメランは厚紙で作れる(単に素材が簡素な点だけでない、子供の技量でも簡便な工作で作れる)から、雑誌のフロクにうってつけだ。その年ごと、たとえばテレビゲームが流行ればゲームキャラクターの、漫画がヒットすれば漫画にちなんだブーメランを工夫し、改良を重ねてきた。自身の好奇心も旺盛で、勉強もしている徳山さんのブーメラン話は本当に面白い。  そしてまた、徳山さんに投げてもらったブーメランが面白いくらいに戻ってくるんだこれが。ラジオ番組のゲストにきてもらい、スタジオ内で、学年紙の付録を投げてもらったのだが、たまげた。  ブーメランが戻ってくるということはすでに「知って」いた。有名だ。西城秀樹の77年のヒット曲『ブーメランストリート』を例に出すまでもない。   ブーメラン ブーメラン ブーメラン ブーメラン   きっと あなたは戻ってくるだろう  ここでもブーメランは「戻ってくる」ことの象徴として歌われている(……出すまでもないんじゃなかったのか、例に)。  だがそのように「知っている」のと、みて分かるのは別だ。僕は感動した。  それで「ブーメラン句会」である。  我らが俳句同人、傍点の面々に呼びかけた。「おい、めぇら、皆でブーメラン投げっぞ!」と。徳山さんに指南役になってもらい、ブーメランを投げよう。屋外での吟行もマンネリ化していたことだし、たまには体を動かすのもいい。  これまで、季語の豊富な田園地帯や、植物に囲まれた庭園で句会をしたことがほぼない。都心暮らしのくせに、俳句を作るときだけ、そういうところにわざわざ身を寄せていくのがわざとらしく思えたからでもあるが、単に出不精なだけでもある(特に主催が)。  逆に霞ヶ関とか秋葉原とか、わざと季感の薄い都心で吟行したりもしてみた。それはそれで面白い句が出てきたが、繰り返していくと、やはりオルタナティブなことではなくなっていってしまう。  場所を選んでいくやり方、それ自体に限界があるのではないかと思っていたころの思いつきだ。  ブーメラン(に感動したこと)と、句会とを結びつけたとき、勝算があったわけではない(その句会でよい句が生まれるか、まるで分からない)。  しかし、少なくともブーメランは「景色」と不可分のものだ。ブーメランを投げたとき我々が視界に入れるものはブーメランだけではない。必ず景色をみつづける。きっと俳句に向いている。  そして句会として成功しなくてもなお、ブーメランが楽しいという経験は絶対に残る。誰も損しないしリスクがない。ならばやらない手があるか。  徳山さんは雑誌のフロクだけでない、競技用の本格的なブーメランをたくさん所持しているという。ラジオ出演してもらったのが年の後半で、思いついたのが真冬だったので、開催を春まで待った。  つまり、この時点で僕なりに「季感」を考えたのでもある。ブーメランは、冬じゃないだろう。単純に、凍えちまう。真夏のブーメランもなんだか辛そうだ。きっと春だ、と。  句会開催前、徳山さんからの最初の指南は「ブーメランは早朝しか投げられない」だった。ブーメランは物によっては60〜80mは飛ぶ(数字だけ聞いても、にわかに想像しがたい)。その挙動を、投げる者も完全にはコントロールできない。道行く人に当たってしまうことがある、と。  都心でブーメランを投げたいならば、草野球チームがくる前の朝七時に多摩川に集合しなければならない。  ブーメラン句会は、我々には初の早朝句会にもなったのだった。

ブルボン小林の俳句ホニャララ / vol.07

 早起き無理! と不参加を決め込んだメンバーもいたが、おおむね都心のメンバーは眠たそうな目で集まった(僕は起きる自信なく、smallest氏ら数人と徹夜して参上)。  徳山さんから指導を受ける。ブーメランには裏表があること。フリスビーのようにではなく垂直に投じること。右利き用なら必ず左に旋回するので、「風の右側」に投じるべしということ。初めて知ることばかりだ。ブーメランそれ自体にこらされたさまざまな意匠にも感じ入る。  それから、皆、投げた、投げた。ブーメランを。

ブルボン小林の俳句ホニャララ / vol.07

 大勢でブーメランを投げると、どうなるか。ご存知だろうか。  皆が皆、無口になっていくのだ。それぞれのブーメランが他のメンバーに当たらないように、互いの間隔が広がっていく。会話する相手が一様に遠くなる。することは、上手にブーメランを飛ばすことだけになる。  ブーメランを投げる前から僕は、能村登四郎の有名な「春ひとり槍投げて槍に歩み寄る」を思い出していた。青春の孤独を活写した名句だが、槍と異なって、投げたものが戻ってくる場合、それはどんな感慨を起こし、どんな言葉になるだろうか。  ところが、そもそも皆、投げるのが下手で、なかなかうまく戻ってこない。行きっぱなしで戻ってこないブーメランもあれば、戻りすぎて背後まで追いかけることも。つまり、春ひとりブーメラン投げてブーメランに歩みよる者が続出! 自分で投じたのに、自分のしたことではないみたいだ。 「ブーメランは一人で遊べるが、仲間がいた方がいい」と徳山さんはいう。 「戻ってくるブーメランを上手にキャッチできたとき、それをみていてくれる人がいた方が楽しいからだ」と。たしかにそうだ。だんだん皆、周囲をみる余裕が出て来て、それからは拍手や笑い声が絶えなくなった。  九時に草野球のチームがやってきて、ブーメランはおしまい。思いのほか激しい運動となり、あとの句会は昼からビール、ワインに手を出す者が、やはり続出。さてさて、どんな俳句ができたか。 「傍点・ブーメラン句会(抄)2015年4月12日於多摩川沿い」  苜蓿舐めて戻らぬブーメラン 徳山雅記  春郊に投げるものみな閃めけり るいべえ  靴下の替えはないなりブーメラン smallest  風の右側蛍光色のブーメラン 鶴谷香央理  蒲公英を踏まずには取れぬブーメラン まる子  ……名句誕生かというと、まだまだかもしれないが、佳作くらいのものはできたんじゃないか。  ブーメランを春の季語とみなして作句してもよいことにしたが、そちらはもっと難しかった。ブーメランという言葉にインターネット上の符丁(自分の発言で墓穴を掘ること)を想起してしまうせいもある。  風の少なさも含め、ブーメランに好適の日和だった。あとで徳山さんはしみじみとつぶやいた。「ブーメランは春ですね」と。  ブーメランは春の季語、といつか大勢にみなしてもらえるよう、今後もまたトライしてみるつもりだ。

ブルボン小林の俳句ホニャララ / vol.07

 徳山さんのブーメランコレクション。壮観!  

今日の俳句

 棚の上に物はいろいろあるだろう。取る理由も、いろいろある。取る物それ自体によって以後の動作はバラバラだが、取るための動作はいつも一つ。 麦の季節に、そのまっすぐな生え方から自分の動作を(いつもする動作から、日々の暮らしの中のある一点を)改めて想起させられる。ただごとのスナップのようで、ピントの合わせ方(ものをボカして動作にあわせた)に、俳句の甲斐がちゃんとある。

Fライフ3号(小学館) 藤子・F・不二雄生誕80周年記念本第3号 俳句同人「傍点」の藤子・F・不二雄句会の内容を掲載。

増補版・ぐっとくる題名(中公文庫) テレビ、ラジオのディレクターや雑誌編集、広告などあらゆる「業界」人が絶賛する隠れロングセラーが、ついに文庫化。題名つけに悩むすべての人に送る、ありそうでなかった画期的「題名」論をさらに増補。論だけど読みやすい!イラストも朝倉世界一氏による新規かきおろし!

春のお辞儀(ふらんす堂刊) 俳句ホニャララの作者が本名で刊行した第一句集「春のお辞儀」絶賛発売中。 最初で最後の活版印刷で限定発売。

俳句同人 傍点 2014年結成の俳句同人。主催(主宰にあらず)は長嶋有。 ツイッター上の言葉遊びをきっかけに、作家、漫画家、造園業、主婦、心理学者、学生、デザイナー、官僚など幅広い職種のメンバーが集う。句会では誰もが点数に拘泥し、逆選の応酬でギスギスと盛り上がる。 同人名の由来は、主催が傍点好きでやたら文章にふることと、俳句とは、それ自体が世界に傍点をふるような行いだというこじつけから。

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ブルボン小林

ブルボン小林

72年生まれ。「なるべく取材せず、洞察を頼りに」がモットーのコラムニスト。 00年「めるまがWebつくろー」の「ブルボン小林の末端通信」でデビュー。 常にニッチな媒体を渡り歩き、北海道新聞、週刊文春などのメジャー誌から、スウェーデンの雑誌やメルマガなどでも連載。 06年刊行の「ぐっとくる題名」(のちに中公文庫)は、広告業界やテレビ局の人間など、あらゆる「命名する」世界の業界人たちから絶賛され、ひそかな小ヒット。 現在は朝日新聞(関東と九州)、女性自身などで連載。小学館漫画賞選考委員。 その他の著書に「ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ」(ちくま文庫)、「ゲームホニャララ」(エンターブレイン)、「マンガホニャララ」(文藝春秋)など。 ブルボン小林 公式サイト

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